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カテゴリ「美術書」の7件の記事 Feed

2011年10月 9日 (日)

冷たさと温かさに包まれる 石田徹也遺作集

111008ishida最近話題に上ることが多くなった石田徹也。独特の寂しげな青年が必ず登場するその作品は、単なるイラストとは違って、何故か心に引っかかる物が感じられた。この作品集も前から気になってはいたのだが、ようやく思い切って購入した。

遺作集と題されるように、石田徹也はわずか31年で踏切事故によって命を絶たれた。その死の状況は詳しく語られないが、その哀しげで内向きな作風と、踏切事故という普通の大人ではあまり遭遇しない事故が死因であることから、自殺も疑われた。彼は自分のうっ屈した気持ちを絵に込め、そしてそれでも抑えきれない悲しみを経つために死を選んだのだろうか。

しかし、その絵からは絶望感は感じられない。確かに都会に一人で生きる青年の寂しさ、思い通りにならない閉塞感は伝わってくるが、それでも絵に現れる青年の表情にはその境遇を受け止めつつも前に進もうとする意志が潜んでいる。その目は真っ直ぐ前を向いている。決して俯いてはいないのだ。

絶望感だけならこれほどの共感は得られなかっただろう。跳ね返されても、まだ前に行く力、それがこの絵に不思議な温もりを与えているような気がする。冷たさと温かさが同居し、それが真っ直ぐに相対してくる彼の作品は、この閉塞感に包まれた今だからこそ相対する我々に痛いほどに迫ってくるのかもしれない。

石田徹也遺作集

求龍堂

3,000円(税別)

2010年3月 6日 (土)

ゆるがない眼力の所以 夢の美術館

100227_3大阪には世界に誇れる美術館が一つだけある。東洋陶磁美術館、ここにある朝鮮青磁、白磁のコレクションは素晴らしい。まさに宝石と言っても過言ではないし、国宝二点の一方、飛青磁花生のエメラルド色の滑らかな色合いは他に例える物がないほどの美しさだ。この名品に出会うと、不思議と穏やかな気持ちになる。

この青磁にしろ、茶碗のようなものは人間が触れて使うものと言う前提で作られているだけに、まずは触れてみたいと思わせるかどうかが魅力の入り口ではないかと思う。実際に触れることはまず困難だが、それを美しい写真と共に、実際に触れた感覚を語ってくれる書籍がこの「夢の美術館」。

著者は長年茶道具を扱ってきた美術商。単に知識で物を見てきたのではなく、触れて、かつ所有者と1対1で相対してきた経験から来るその言葉には、表面的な美しさをなぞる形容とは違った、鋭く的を射抜く力がある。

美を知り抜く者が語り合う言葉は鋭利な真剣にも似て、その切れ味にはしびれるばかりだ。このような的確すぎる表現は自分には真似できない。その事を自覚するだけに、憧れの気持ちは募るばかりだ。ここに紹介されている品々にも決して実際に触れることはできないだろうけど、その魅力の源泉にこの本で触れることはできる。

美を見抜く眼の力 夢の美術館

戸田鐘之」助 戸田博著

小学館刊

3,600円(税別)

2009年8月 4日 (火)

染みて溶け込む マーク・ロスコ

090727 抽象画が苦手な自分だが、この画家の作品は何故だろうか、自然に心の中に入ってきた。塗りたての壁にも似た湿った色彩、曖昧な輪郭、包まれるかのような安息感。

マーク・ロスコ。彼の絵の不思議さは見る時の感情によって違った表情に見えてくる点だ。ある時は落ち着いた雰囲気、時には煉獄に燃えたぎる炎、そして時として救いの到来のような明るさ。

壁といったが、彼の絵には不思議な触感がある。その昔、家の壁が漆喰で塗られていた頃、その柔らかな温かみと共通するものが彼の作品には確実にある。その落ち着きが何故か崇高さのようなものに思えるのかもしれない。宗教画とは全く違う彼の作品にこのような思いを抱くのは不思議でならない。

彼の作品は圧するがごとく大型だが、その作品に相対した時にも圧倒されるような感覚は全くなかった。いや、むしろ吸い込まれ、抱かれるような感覚を感じて、こんな思いをはっきり抱いたことは他の画家にはなかった。彼の絵画の魅力は小版のこの画集では十分に伝わらないかもしれないが、彼の色彩の美しさと絵の前に立った時の記憶を思い出す事はできる。

マーク・ロスコ

川村記念美術館編

淡交社刊

2,800円(税別)

2009年6月24日 (水)

イメージとは違う世界へ 怖い絵3

090612 テレビ番組でも取り上げられて話題となった「怖い絵」シリーズの第3弾は、これが完結編となるようだ。著者にとってはまだまだ怖い絵の題材はあるのだろうけれど。

今回も表紙のような一見して不気味さ、恐ろしさが前面に出ている絵から、ゴヤが描いた虐殺の絵、ボッティチェリのヴィーナスなど幅広い題材が採られている。この本のいいところは難しい専門用語をほとんど用いることなく、易しい語り口で徐々にその絵画に潜む闇の世界を暴きだしていくところだと思う。

そして前回もそうだったが、今回も一番恐ろしかった絵は「かわいそうな先生」と題された、イギリス、ビクトリア朝の上流階級の家庭の一場面を描いたものだった。

室内の椅子に家庭教師の若い女性が腰掛け、ベランダではこの家の娘で生徒でもあろう2人の少女が戯れている。それを床に座って眺めている少女がもう一人いるが、彼女もこの家の娘かどうかはわからない。この絵のどこが怖いのか?最初はまったく理解できなかったが、読み進めていくうちに当時の上流階級の家に必ず登場した家庭教師が置かれていた社会的不遇と将来への絶望が徐々に明らかにされていく。それを知った後にこの絵を眺めば、最初は生徒を暖かく見守っていたような彼女のまなざしが全く違うものに見えてしまい、再び前のような無垢な感傷には戻れない恐ろしさを知ってしまうのだ。

名画に違った世界があることを教えてくれるシリーズもこれで終了だが、おそらくは著者はまた違った形で絵画鑑賞の楽しみを教えてくれる機会を与えてくれるはず。それもまた楽しみだ。

怖い絵3

中野京子 著

朝日出版社

1,800円(税別)

2009年6月 3日 (水)

ロマンティックが毒になる ウォーターハウス

090602_3 美しいだけじゃ魅かれない。その中に毒といっていいのだろうか、何か狂おしいまでのものが感じられなければ、それはただ表面をなぞるだけに終わる。

ビクトリア朝の唯美主義、美しさを求めた画家が多く輩出したが、なぜかこの画家に昔から表現しがたい魅力を感じていた。一見表面的な美だけを追及するかのような甘い感傷的な表現、最初はそんな印象を持っていた。しかし、いつからかこの画家の描く世界がずっと心の中に引っ掛かってはなれないことに気がついた。その理由は長く理解することができなかった。

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス。彼の描く女性は全て怪しげな魅力を持っている。そしてその魅力がいつしか画家の描く女性の視線にあることに気がついた。全ての鑑賞者の視線を拒むような視線、こちらが合わせようとしても絶対に通う事がないその視線はすべてを拒絶しながら、それを受け入れて運命のままに滅びの道を進むヒロイン達の代弁者だ。そこに単なる悲劇ではなく自らが破滅を選択した孤高の尊厳、理性では計ることのできない人間の狂気が感じられるこそ、この画家の絵が現実感を帯びて目の前に現れるのだと思う。

このウォーターハウスの本格的な画集が初めて日本で出版された。そして最近は大型書店の美術コーナーでも大きく扱われている。決してメジャー級ではない画家がここまで関心を呼んでいるのも、なにか肯ける気がする。自分もその一人だから。

ウォーターハウス

ピーター・トリッピ著

ファイドン刊

6,480円(税別)

2008年12月10日 (水)

忘れられなかった印象派 シスレー

081209sisley 何かの拍子で評価が高まる画家もいれば、一向に正当な評価を受けることなく埋もれたままの画家もいる。そして美術史の中に名を残しながら、虐げられている画家もいる。

おそらくこの画家は後者のカテゴリーに入れられてしまうのだろう。アルフレッド・シスレー、印象派の画家にあって、最も印象派らしい作品を生み出しながら、その平穏な画風のために、モネ、ドガ、スーラといった個性的な作品を生み出した画家との対比でしか取り上げられない画家となっている。その評価には必ず、「美しい、だけど」と部分否定のニュアンスがつきまとう。

いたしかたない面もある。彼の作品は必ず印象派の展覧会では何作品か取り上げられ、目にすることも多いが、確かに大きなインパクトを受けるには至らない事が多いのも事実だ。でも、だからこそ多くの「こってり」「脂の乗った」作品群を見続けてきたときに彼の作品が入ると、なぜかほっとした気分になる。そして良く見ると透明感あふれる色調、丹念に描かれた風景、その中でも特にうっすらと紫を帯びた空の広がり、奥行きに目を奪われていることに気付かされる。

愛すべき風景を描き続けた画家シスレー。美しいと感じたセーヌ川、そこにかかる橋、そして長く続く並木道、そこにあふれる光を、実直かつ正確にトランスレートした作品群、そこには毒といえるような要素が入り込む余地があるはずがない。しかしよく見れば実は気がつくのだ。この画家独特の色彩の戯れ、細かな色の粒が混じり合い乱舞する面白さに。本書はそんなシスレーの世界に焦点を当てて、カラーの図版とともに紹介するおそらく唯一の手頃な本といえるだろう。

シスレーの900点に及ぶ作品の内、20点は日本にあるという。実は日本人はこのシスレーの素朴で優しい雰囲気が好きなのではないだろうか。否定しつつも惹かれずにはいられない、そんな魅力がこの画家の世界には間違いなくある。だからこそ、今まで「忘れられた」と形容されつつも忘れられずに残ってきたのだから。

シスレー イール=ド=フランスの抒情詩人

レイモン・コニア著 作田 清訳

作品社刊

2,600円(税別)

2008年9月 8日 (月)

カルロス2世の肖像 怖い絵2

080908_3 王や皇帝はその威厳を示すためにお抱えの画家に肖像画を描かせた。そして多くの名作と呼ばれる肖像画も残っている。

しかし自分が最も印象に残る肖像画を一つ挙げろ、といわれれば真っ先にこの絵を挙げるだろう。スペイン・ハプスブルグ家最後の王、カルロス2世の肖像画がそれだ

カレーニョ・デ・ミランダという画家が描いたこの肖像画で、国王は暗い部屋に黒い修道士のような服装で立っている。暗い背景と対照的に顔は青白く、黒いだけの瞳は異様なほど見開いている。その顔にかかる髪は金色で長くこの絵の中で唯一艶やかに描かれ、だからこそなおのこそ痛々しい。そして王の表情にはハプスブルグ家が代々受け継いだ分厚い下唇、突き出た顎がしっかりと備わっている。ミランダという画家はおそらく現実の姿からは感じられない王の威厳を表現するためにあらゆる虚飾を講じただろう。だから真の王の姿はおそらくこれ以上に無残なモノだったに違いない

神聖ローマ皇帝カール5世(スペイン王としてはカルロス1世)が父方からオーストリアとフランドルを、母方からスペインを譲られて成立したハプスブルグの世界帝国は、その次の世代においてスペイン系とオーストリア系に分かれた。そしてスペイン王家は一族間の婚姻を繰り返し、その血の濃さはついにカルロス2世を世に送り出してしまった。生まれたときから長く生きることはないだろう、子をなす事はないだろうと思われていた王。スペイン・ハプスブルグ家の断絶は避けられないものとなった

しかしカルロス2世は勝手な周囲の思惑に反するが如く生きのびた。確かに病弱な王は2度結婚をしながら世継ぎを残すことはなかったが、それでも39年間を生き続けた。このような王に添わされた王妃はどんな思いでベッドを共にしたのだろうか。そして王は死の際に、一族オーストリア・ハプスブルグ家の者ではなく、隣国フランス、ブルボン家のルイ14世とカルロスの姉の間に生まれたアンジュー公フィリップに全てを残した

一族でないものを跡継ぎに選んだカルロス2世。それは自分のような過酷な境遇を受け継ぐものを絶やすためにハプスブルグの血を永遠に葬るためだったのだろうか?そしてフランスから来た王、フェリペ5世の血脈は代々受け継がれて今もスペイン王家に伝わっている。スペインを残すために一族を捨てた王の決断、自分をそこまで追い詰めた血への嫌悪、自分にまつわるものに対する同情と理解を求める瞳がこの絵にこもっているようで、なぜか抗いがたい魅力を感じてしまう。自分でも決して正常な意識とは思えないのだが...

名画や歴史にまつわる怖いエピソードで最近著書を相次いで出版して人気の中野京子氏による「怖い絵」シリーズ第2弾。鑑賞術というよりも、絵画の文化的な背景を説明した本なので、雑学的な読み方で楽しめると思う。しかしやはり本当に怖いのは表面的なものより、深層的なものの方が何倍も怖いようだ。

怖い絵2

中野京子著

朝日出版社刊

256P

1,800円(税別)