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カテゴリ「美術館・美術展」の187件の記事 Feed

2014年6月 1日 (日)

コレクターの審美眼 夢見るフランス絵画展

140601yumemirukaiga今日まさに終ろうとしているが、これまで鑑賞してきた印象派の作品とはまた違った感覚で楽しめる美術展だった。それはこの企画がコレクターの収集した作品によって占められているからだ。

今日まで兵庫県立美術館で開催されている、このフランス印象派からエコール・ド・パリの時代までを概観する美術展、作品数は71点でやや少なめだが、それぞれの作品の完成度が高く、大型のものが多いため、少ないという印象を全く受けない。そして何よりも素晴らしいのは色彩の鮮やかさにある。

印象派の作品の多くはフィルターにかかったような朦朧とした印象を受けるのだが、今回の作品はそのような感覚を全く払拭して、戸惑うような色の煌めきで迫ってくる。形態が光の中で混然と溶けるようなモネの作品でさえそうだ。普段感じられない緊張感、光と形のせめぎあいのような感覚に戸惑いさえ覚える。

色彩の美しさは保存状態にも依るのだろう。ルノワールの赤、デュフィの蒼、そしてブラマンクの灰色、深緑でさえ輝きを感じさせる。そこに明確な形態が加わり、それぞれの作品を見るたびに網膜に無理やり刻まれるような痛ささえ感じるほどだった。

普段公にされない作品群、再び観ることはあるのだろうか。しかし、それ故にしっかりと目に焼き付けておこうと思った、珠玉の美術展だった。

夢見るフランス絵画 印象派からエコール・ド・パリへ

2014年4月12日~6月1日

兵庫県立美術館

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2014年4月20日 (日)

現実と虚構の狭間に惑う アンドレアス・グルスキー展

140420andoreaあまり写真に詳しくないので、これまで足を運ぶ動機に欠けていたのだけれど、この展覧会は今年の中でおそらく自分の中のベスト3に入るだろう。会期末に入って、自分の不明を恥じるばかりだ。

http://gursky.jp/index.html

この日も予想に反して多くの鑑賞者が訪れていた。しかも学生と見える若い方々が多い。そして非常に熱心に作品について語っている姿も見られた。アンドレアス・グルスキー、1955年生まれのドイツの写真家の描く世界は実在の中の虚構と言っていいかもしれない。

彼の作品の多くは、自分が思う写真作品とは大きく異なる。写真が現実世界の一コマを切り取ってその瞬間を見せる、と思っていたのだが、彼の場合は写真とは表現の素材であって、そこから彼が見せたいものを作り上げるための最初のステップに過ぎないように感じる。

彼の作品の多くは光景を大づかみに切り取っている。そして、それは自分が現実に見ている風景の捉え方と同じものなのだ。しかし、その通常の捉え方とは明らかに異なった世界がそこには表現されている。我々がワイドフレーム故に大まかにとらえている風景を、彼は明確に表現する。そして彼はそこに色を足しあるいは除き、また無造作に人物さえも書き足している。だからそれを見続けるうちに、現実と懐疑の狭間で自分の居場所を無くしたかのような感覚に陥ってしまうのだ。たとえ眼前に何の手も加えない写真を出されたとしても、おそらく平素のような感覚で捉えることはもはや不可能になっているだろう。

代表作「99セント」は整然と並べられたジャンクフードの列の中に、それとは異なる商品を置いて揺らがせても、そしてジェイソンの仮面をかぶった店員を置いてさえも、圧倒的かつ整然とした商品の中では全体の中に呑みこまれてしまう。その中に現代社会の中で生きざるを得ない個々の営みの限界を感じられずにはいられなかった。

写真という枠を超えた表現者と呼ぶべき、稀にみる見ごたえのある美術展だった。

アンドレアス・グルスキー展

国立国際美術館

2014年2月1日~5月11日

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2014年4月12日 (土)

美に仕えることの難しさ ザ・ビューティフル 英国の唯美主義1860-1900

140412beautiful人が真に美しいと感じる時、そこに意識というものが介在するのだろうか。まさにそれに接した時、その人が置かれた環境、経験は影響するのかもしれないが、反射的に感動を催す対象こそが美、というものでないかと思っている。

それを突き詰めた芸術上の動きが19世紀の英国で起こったことは必然だったのかもしれない。それまでの絵画は何を描こうが必ず主題があった。主題に隠れて、芸術家たちは裸体の美女など真に描きたいものを描いていた。その軛を解き放ち、ただ純粋美を追求した動きが「ラファエル前派」、そしてそれが「唯美主義」へとつながっていく。その流れを辿ったのが東京丸の内で開催されている、「ザ・ビューティフル」だ。

http://mimt.jp/beautiful/

当時の主要な芸術家、ロセッティ、バーン・ジョーンズ、モリス、ホイッスラー、ピアズリー、ゴドウィンらの作品が連なるこの美術展を概観して感じたことは、心地よい安穏と不安だった。主題から解き放たれたとはいえ、ローマやギリシアに端を発する西洋美術の伝統からは抜け出せなかった彼らの作品は調和と洗練に満ち、ただその目にするところに従って鑑賞すればよい。そしてその感覚的な魅力に酔えばよいはずだった。

本展の中で、ロセッティの「愛の杯」は彼の作品の中では最高傑作だと思うし、ポスターにもなっているムーアの「真夏」は前に立つと鮮やかなオレンジの衣装をまとい眠る少女、その脇で女性が送る扇の風がこちらにも漂ってくるような清浄感に満ちている。感覚で楽しめる心地よい作品が多かったが、何故か居心地の悪さがあったのも事実だった。それは官能的なものを素直に受け止める感受性に欠けるところから発する、無意識の反発だったのかもしれない。当時の一般社会でも唯美主義に対しては道徳に反するとして批判があったそうだから、その感情は1世紀を経ても越えられないものと思えば、自分も当時の人たちとさほど変わっていないもの、と感じられて逆に面白くもあった。

全体には秀品が多く、さながらムード音楽を楽しむように鑑賞できる美術展。新しい発見というものはなかったが、たまには考え抜きにして楽しむことも重要なのだろう。

ザ・ビューティフル 英国の唯美主義1860-1900

三菱一号館美術館

2014年1月30日~5月6日

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2014年2月 4日 (火)

今年行きたい美術展

自分の印象では去年はレオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロ、ミケランジェロの三巨匠揃い踏み、絶対来ないと思っていたエル・グレコ、クリュニーの貴婦人と一角獣、フランシス・ベーコン展が記憶に残っているが、今年はどうだろうか。注目している美術展を挙げてみた。

  • ラファエル前派展 -英国ヴィクトリア朝絵画の夢- 森アーツセンターギャラリー 1月25日~4月6日
  • ザ・ビューティフル -英国の唯美主義 1860-1900- 三菱一号美術館(東京) 1月30日~5月6日 
  • アンドレアス・グルスキー展 国立国際美術館 2月1日~5月11日
  • アンディー・ウォーホール展 森美術館(東京) 2月1日~5月6日
  • 幻想の画家ダリとフランス近代絵画の巨匠たち -諸橋近代美術コレクションより- 滋賀県立近代美術館 2月8日~3月30日
  • 印象派を超えて -点描の画家たち- 愛知県美術館(名古屋) 2月25日~4月6日
  • ボストン美術館 ミレー展 名古屋ボストン美術館(名古屋) 4月19日~8月31日
  • 南山城の古寺巡礼 京都国立博物館 4月22日~6月15日
  • ヴァロットン展 -冷たい炎の画家- 三菱一号美術館(東京) 6月14日~9月23日
  • バルテュス展 京都市美術館 7月5日~9月7日 京都市美術館
  • こども展 -名画にみるこどもと画家の絆- 大阪市立美術館 7月19日~10月13日
  • デフュイ展 あべのハルカス美術館 8月5日~9月28日
  • ホイッスラー展 京都国立近代美術館 9月13日~11月16日
  • 菱田春草展 東京国立近代美術館(東京) 9月23日~11月3日
  • ジャン・フォートリエ展 国立国際美術館 9月27日~12月7日
  • ウフィツィ美術館展 東京都美術館(東京) 10月11日~12月14日
  • 日本国宝展 東京国立博物館平成館(東京) 10月15日~12月7日
  • だまし絵Ⅱ 兵庫県立美術館 10月15日~12月28日
  • フェルディナンド・ホドラー展 兵庫県立美術館 2015年1月24日~4月5日

個人的には初の回顧展となるバルテュス、好きな画家としてのフォートリエ、デュフュイ、ヴァロットンが楽しみだが、今年も面白いアート探索ができそうなラインナップと言えそうだ。

2014年2月 2日 (日)

形態が溶ける過程 ターナー展

140201turnerジョゼフ・ターナーは英国の画家でも特異な存在と言えるだろう。アカデミックな絵画から印象派への橋渡しをした画家として、自分の中では理解しているのだが、何故彼はそうした所に行きついたのだろうか。いや、自身は意識せずに至ったのであろうか。

神戸で開催されているこの美術展は、ターナーが床屋の絵の上手な息子として絵画に目覚める初期から、美術学校で伝統的な絵画を会得し、そして英国美術界の第一線に君臨しつつ、最終盤で印象派の魁のような表現を見せる複雑な画業が概観できる。

彼への印象は鮮やかな黄色と、渦巻くような色彩のうねりの中に形が溶け込んでしまう後期の絵画が鮮烈だが、その生涯に生み出された作品の大部分は正確なデッサン力、建物の細部まで表現する細かな観察眼に裏打ちされている。その代表作として初期の月夜を描いた作品は、月の光が水面に妖しく輝いて映り、狂気さえ感じさせる真実味を持って迫ってくる。そんな彼が何故晩年に黄色に全てが溶け込む前衛的な作品を描いたのだろうか。

しかし、後期の作品にしても良く見てみれば構図の確かさは失われていない。形ははっきりと明示されないまでも、そのフォルムの原型はその姿をとどめ、明るい色彩はその形態を覆ってその在るべき姿を引き出している。彼の作品と印象派の作品を観て明らかに違うのはその点だろう。立ち止まって無意識のうちに色彩に注目するのか、フォルムなのかと問われれば、ターナーはふり返って見れば明らかに後者であった。

ターナー自身が絵画に革命を起こすつもりは微塵もなかったであろう。しかし、彼の色彩感覚、ダイナミックな動きを絵画に留めるために用いた破天荒な筆遣い、それ故に形態を色彩の中に溶けこませることさえ否としなかった独創性は、確実に新しいものを求める芸術家の想像力を刺激したに違いない。

新しい表現の橋渡しを行った古典的な画家は、長く形が優越してきた絵画の世界に、華々しく色彩の優位を告げた先駆者であったのだろう。

ターナー展

2014年1月14日~4月6日

神戸市博物館 

 

2014年1月28日 (火)

理想像を描く ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ展

140126syavanne_2ピュヴィス・ド・シャヴァンヌは日本での知名度は高くないかもしれないが、明治時代の西洋絵画にも影響を及ぼした人物で、その本格的な個展が渋谷で開催されている。

彼の画風は自然な古代風の風景、靄のかかったような空気感、そして視線を交わさず瞑想にふけるかのような表情の人物表現にある。その絵画は観る者に抵抗感を与えない。しかし、同時にゴッホの絵画とは対極的に胸に迫るものがない、インパクトに欠けることも事実だ。

彼の芸術的才能は壁画に発揮され、ブルジョワの私邸、公共建築に多く用いられた。その壁画を縮小再生させた作品も数多く、この美術展でもそうした作品が多く展示されている。彼が壁画で人気を博したのは、その作品が見る者に抵抗感を与えず、美しいものを描くという目的に昇華されているからであろう。

そうした背景が彼の芸術が同時代の印象派の画家に比べて、一段も二段も低い評価を与えられている理由だと思う。しかし、実際に鑑賞してみれば、そうした一般的な評価を置いても人物、特に建築描写の確かさ、構図構成の見事さ、そして調和を保ち全体で美を表現する作品の総合性は秀でたものがある。それは単なるアカデミズムに陥らない、彼なりの美へのこだわりが感じられた。

気品あふれるその作品群は、「西洋」という言葉を聞いて思い浮かべる古代建築、神々の世界、色の白い美しい女性といったイメージに溢れている。だからこそ明治の西洋画家たち彼の作品から西洋を学ぼうとしたのだろう。西洋の理想を描いた画家の世界に満たされた、優しい雰囲気の漂う美術展だった。

シャヴァンヌ展 -水辺のアルカディア ピュヴィス・ド・シャヴァンヌの神話世界-

Bunkamura ザ・ミュージアム(東京・渋谷)

2014年1月2日~3月9日

2014年1月26日 (日)

エキサイティング!現代美術 フルーツ・オブ・パッション ポンピドゥー・センター・コレクション展

140126ppompiduパリには何度か旅したが、最初に訪れたときのポンピドゥーセンターには圧倒されると同時に、配管と色が剥き出しになってなんと醜悪な建物だろう、と感じた記憶が残っている。そして、その中に収蔵された現代美術も当時は全く理解できなかった。

しかし、何度か訪れてこのスポットは最も愛すべき、エキサイティングな場所へと変わった。その最新収蔵品を展示する美術展がこのフルーツ・オブ・パッション。25人、31作品と少数ではあるが大型の作品が多く、そのどれもが観る者にイマジネーションを迫らせる、力のある作品だった。

序章(イントロダクション)に置かれた作品は白、灰色の単色もしくは白と水色の線を交互に用いた作品が置かれている。表面的には無機質な作品に思えたが、近くで見れば絵具の跡、線のかすれなどがあり、作品から沸々とした生気が感じられた。そしてその瞬間、作品は観る者の感情を吸収して多様な解釈が可能になり、いつの間にか作品と対話する自分の存在に気が付く。

この美術展ではそうした対話、それはまさしく独り言に違いないのだが、様々な解釈が可能な作品が多かった。現代美術は難しいと言われているが、それはその作品から何かを読み取らなければならない、という無意識の義務感から発しているのだと思う。だから、最初からそれを放棄してしまえば、自ずから楽になる。美術展のポスターにあるエルネスト・ネト「私たちはあの時ちょうどここで立ち止まった」、天井からぶら下がる肌着のようなものの中に香辛料が詰め込まれて不思議な甘い香りを発しているその作品も、題名を気にしなければなんともエロティックな気分にさせられる、楽しいモニュメントではないか。

単に対峙するだけでなく、作品自体に取り込まれるような不思議な感覚に満ちたエキサイティングな美術展だった。

フルーツ・オブ・パッション ポンピドゥー・センター・コレクション

兵庫県立美術館

2014年1月18日~3月23日

2013年9月12日 (木)

未来のいえ 国府理(こくふおさむ)展

終わってしまったけど、最近興味のあるアーティストさんの個展があったので、行ってきた。国府理さんの「未来のいえ」展。

130910kokuhu1自動車の底一面に苔を生やしてある。工業製品でも、こういう生命の要素が与えられると、それだけで冷たさが薄れ、そのもの自体が命を宿しているように感じられるから不思議。

こうした工業的なものと自然なものの融合を模索しているように感じられるのがこのアーティストの面白いところで、それが実際に動くように作られている、つまり単なる空想ではなく、現実の延長線の中で表現されているところが、よりリアリティを持って鑑賞者に迫ってくる理由だと思う。

130910kokuhu2_2

130910kokuhu3これからの活躍に期待してます。

 

2013年9月11日 (水)

かわいい獣たちの楽園 貴婦人と一角獣展

130910_4まさかこの作品に大阪でお目にかかるとは正直予想だにしなかった。フランスの至宝、クリュニー美術館の貴婦人と一角獣のタペストリー6枚が一挙にやってくるとは。

http://www.lady-unicorn.jp/index.html

美術館に入場するといきなり広がる薄暗い広い空間に、ライトを浴びて鮮やかに深紅のタペストリーが我々を包み込む。この構成だけでこの美術展の成功は約束されたといってもいいだろう。この空間はまさに中世の雰囲気に満ちていて、その中でも目を引くのは、純白の体を持った一角獣、そして一角獣と共に貴婦人に服従し、寄り添う守護神のような獅子。

一角獣に焦点が当たるが、この獅子のそれぞれの場面でのユーモラスな表情には今回の美術展で改めて魅力を感じた。10年ほど前にパリで見たときは、貴婦人と一角獣の表情にしか目を凝らさなかったが、今回の美術展ではそれ以外の獣たち、植物にもスポットを当てている。五感を題材にしている、などコンセプトや背景に関して多くを語られる題材だが、それなしでも工芸品としての巧みさ、そして何より愛らしい獣たちの表現を見ているだけでも楽しめる。これだけ大型の作品でありながら、表現に少しの緩みもなく、タペストリー作品にありがちな様式性も感じられない。

深紅の楽園の中、集う獣たち。彼らの中には食物連鎖もなく、そこにたわわに実る植物だけで命をつないでいるのだろうか。そしてその中央には、愛がすべてを従えるかのごとく貴婦人が立つ。それは聖母マリアのマントの中に庇護を求める民衆の構図とも似ている。このタペストリー自体が、キリスト教の聖母崇拝の影響を色濃く感じられる題材のように思えた。

この空間の中にずっと身を浸していたい、そんな心地にさせられる出色の美術展だった。

貴婦人と一角獣展

国立国際美術館

2013年7月17日~10月20日

 

 

2013年9月 9日 (月)

巨匠の片鱗 ミケランジェロ展

130910_3レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロとルネサンスの巨匠の美術展が続くが、最後は彫刻のミケランジェロ。その彼の作品が今回は福井と東京にやってくるということで、実家に帰省した機会を利用して福井の方を訪れた。

http://info.pref.fukui.jp/bunka/bijutukan/michelangelo/index.html

最終日近かったこともあって、福井では異例ともいえる開館前の大行列。正直福井でこんな状況を見るとは思わなかったが、お盆の帰省時期でもあったし、ミケランジェロをこの目で見る絶好の機会とあって家族連れが多かった。

さて、美術展の方だが、看板にある「レダの頭部の習作」、そして最後尾にあった巨匠最初期の「階段の聖母」以外は、自筆手紙、版画、素描が続き、展示的には盛り上がりに欠ける内容だった。

「階段の聖母」も最初期、ミケランジェロ15歳から17歳の作品であり、肉の質感、穏やかな表情は素晴らしいが、しかしこれ後年の巨匠の世界を十二分に感じ取れる作品といえるかどうかはわからない。限られた空間の中に対象を当てはめる構成の巧みさは、この作品でも読み取れるが、これがミケランジェロとして紹介されることに大きな意味があるかどうかはわからなかった。

それよりも最大の出色はやはり看板にも登場する「レダの頭部の習作」に違いない。イタリア素描で最も美しい頭部の一つ、と言われているそうだが、まさにその言葉通りの作品だった。三次元と二次元、その逆をいとも簡単に超えて表現するミケランジェロの特色がこの作品に凝縮されている。顔の表面の陰翳、頬のふくらみ、慈愛をたたえつつ閉じられた瞼の自然な表現、習作と呼ばれながら完成形に限りなく近い。むしろ着色がない褐色の線の世界ゆえにこの崇高さが感じられるのではないだろうか。

全体では物足りない感は否めなかったが、このレダに遭えただけでも良しとできる、そんな美術展だった。

システィーナ礼拝堂500年祭記念 ミケランジェロ展

福井県立美術館 2013年6月28日~8月25日

国立西洋美術館 2013年9月6日~11月17日

 

2013年6月15日 (土)

絵巻の魅力に溢れて ボストン美術館 日本美術の至宝展

130615boston今日時点で会期を残すところ2日となったこの美術展、さぞかし今日は混雑していることだろう。自分は平日の午前に訪れたが、それでも残り1週間を切っていたこともあり、かなりの人が鑑賞に来ていた。

ボストン美術館の日本美術コレクションは素晴らしいとは聞いていたが、実際目の当たりにしてその質の高さには驚かされた。ポスターにある曽我蕭白のまとまったコレクションをはじめ、尾形光琳、伊藤若冲、長谷川等伯といった江戸、桃山のビッグネーム、そして室町、鎌倉、平安といった時代を網羅した名品が続く展示はまさに題名に偽りないものだ。

しかし、この日の目当てはやはり日本美術を代表しながら海外流出を余儀なくされたニ大作、「吉備真備入唐絵巻」と「平治物語絵巻」であった。

吉備真備は学者でありながら最後は右大臣まで上り詰めた人物で、彼が遣唐使を務めたときに数々の難題に遭いながら、空を飛ぶまでの超能力を駆使し切り抜けて、 無事日本に帰るまでの活躍を描いたのが「吉備真備入唐絵巻」だ。描写は洒脱にして生き生きとし、囚われた高楼から脱出して空を飛ぶ場面、課せられた問題の答えを盗み聞きする場面などは、他の雅な絵巻物とは個性を異にする。それ故に日本では残らず、他国に流出したのだろうか。

そして「平治物語絵巻」は、平治の乱で平清盛と源義朝・藤原信頼が戦った場面を描き、特に三条殿夜討の場面で、燃え盛る屋敷を前に警護の北面武士が武者に首を切られる場面は、数多くの歴史本で採り上げられるほどだ。その地獄の業火のような激しい炎の描写と、首を切られる武士の苦悶と、首を切る武者の無慈悲な表情の対比は見事としか言いようがない。

絵巻をここまでじっくり鑑賞した美術展は今まで他になかったかもしれない。これだけで1時間以上を費やしかなりの疲労を覚えたが、最後にその疲労を解き放ってくれたのは曽我蕭白の龍の屏風だった。豪放でありながら、ユーモラスささえ感じる龍の表情は他に例えようがない。その大きさとともに、爽快な心地にさせてくれる大作だった。

もっと早く来てじっくり鑑賞すればよかったと思うとともに、このような素晴らしい作品が国外に流出してしまっていること、二つの残念さが残る美術展になった。しかし、だからこそ必ず思い出にしっかりと残る美術展にもなることだろう。

ボストン美術館 日本美術の至宝

大阪市立美術館(天王寺公園内)

2013年4月2日~6月16日

2013年5月12日 (日)

受け継ぐもの、受け継がないもの 狩野山楽・山雪展

130512kanou狩野派、日本絵画の歴史で必ず語られるこの一派の作品は、美術館は勿論、古い寺院の襖絵、屏風など至る所で目にする機会がありながら、実は最も縁遠い存在かもしれない。

狩野派の祖と言われる元信が室町幕府の御用絵師となり、以後時の権力者の寵愛を得つつ、江戸後期まで画壇のトップに君臨し続けた。その間に元信、永徳、探幽が現れたものの、時代が下るにつれて様式美に走り芸術性は失われ、琳派や反狩野派的な民間の画家におされていったというのが定説になっている。

今回国立博物館で紹介されるのは、狩野派でも京狩野派に連なる山楽、山雪だ。http://sanraku-sansetsu.jp/index.html

江戸狩野派が徳川将軍家の奥絵師として隆盛を極めたのに比べると、京狩野派は不遇な印象があるが、その境遇ゆえに江戸とは異なる画境に達していく。

狩野山楽は桃山時代最高の画家であった永徳の弟子であり、その豪放な画風を色濃く受け継いでいる。「龍虎図屏風」の右上隅から覗く龍の視線が、左下隅にて吼える虎の視線と対角に交差する構図はダイナミックだ。永徳の力強さを受け継ぎつつも、それを造形的に整理して行く過程が面白い。

その弟子である山雪になると、迫力は後退し、より造形面での技巧を誇るようになる。「老梅図襖」の自然を描きつつも自然界にありえないようにうねる枝は、苦しみに身悶えるような印象で、観ていて切なささえ覚える。

山楽、山雪の流れは、イタリア・ルネサンスが盛期から晩期に移行する時の表現変化に驚くほど似ている。それはマニエリスムで、ダ・ヴィンチ時代の解剖学的な人体図の描写が、唯美表現的に八頭身にまで引き伸ばされたフォルムに変わっていく過程と軌を一にしてる。京狩野派の顧客が公家衆を主にしていたことも、より「あそび」の要素を取り入れた洒脱な表現に向かっていくことを加速化したことだろう。

山楽・山雪の流れを観て、自分が観る上では圧倒的に山楽の画風が好きだが、一つの流派の境遇・変化をバックとして観たとき、山雪の斜に構えた画風も味わいが出てくる。ということは、この美術展における狩野派の流れを捉えるというコンセプトが、鑑賞者に伝わっているということなのだろう。

狩野山楽・山雪展

京都国立博物館(東山七条)

2013年3月30日~5月12日

2013年5月11日 (土)

痛痒い感覚が心地よい フランシス・ベーコン展

Dsc_0159不思議な画家だとつくづく思うし、なぜ彼の絵にこれほど魅せられているのかも上手く表現はできない。これがなぜ美しいのか、というのも的確には伝えられない。しかし、やはり最も好きな画家の一人には違いない。

フランシス・ベーコン。彼の大規模な展覧会が東京で開催されているので、ようやく実物大でまとまって彼の作品を鑑賞する機会を得た。

http://bacon.exhn.jp/

彼の作品では、描かれる対象は著しく歪み、蒸発するかのように物質的な形態を失っているが、それが元来何を描いていたかは理解することができる。具象と抽象の狭間で、より具象寄りの絵画と言えようか。

彼の絵画で特徴的なのは、より大型の作品が多いことに加えて、同じ対象を繰り返し描いていること、「習作」と題しながら実は本作の場合が多いこと、そしてそれは後期の作品は赤とピンクが支配的な色調になっていることだろうか。

特に赤とピンクは、彼の作品のイメージにもなっている。その赤は血のニュアンスを帯びた赤、さながら傷ついた者が何かにすがりつこうとして壁に血をなすりつけた様な印象を与えるし、ピンクは切り刻んだ肉体のような質感を帯びている。かれの絵を見ていると、体全体が痒くなってくるような感覚を覚えるのはそのためだろう。

この痛痒い感覚はちょうど恐怖映画を見たときの感覚にも似ている。しかし似て非なるのは、恐怖映画が単に切り刻まれて終わって何も残さないのに、彼の作品を鑑賞した後には、一種独特の爽やかさが残るところだ。

空間に溶けて実態を失う過程のような彼の作品を続けざまに見ていると、実態というものの儚さを感じると同時に、生命の輪廻、実体あるものが崩れて形を失い、そして個々の粒子が再結合して命を構成して形を取り戻す繰り返しまでもが見えてきた。そして何より、このように一瞬にして蒸発して消えてしまうというのは、案外気持ちの良いものかもしれないという、一種の清々しささえ覚えた。

作品数は少なめだが、神経の細部、痛点まで刺激してくる彼の絵画表現が満喫できる美術展だった。

フランシス・ベーコン展

東京国立近代美術館

2013年3月8日~5月26日

2013年5月 6日 (月)

ゴッホに至る苦闘 ゴッホ展 空白のパリを追う

130505作品量も多いからだろう、結構開催される機会の多いゴッホの美術展だが、やはりそのたびに訪れてしまう。ゴッホ独特のうねる、鑑賞者を鷲掴みにするような描写は、他の絵画にはない力強さ、魅力を感じてやみつきになるだから仕方がない。

今現在京都で開催されているゴッホ展を鑑賞したが、この美術展ではゴッホ全盛時代を彩る名作に至るまで、オランダからパリの時代にゴッホがいかに独自の絵画を生み出すに至ったかを中心に構成されている。だからどちらかというとゴッホ自体を見せるというよりも、いかにしてゴッホがその画境に到達したのかを考えさせるコンセプト展の印象が強かった。

その性格上、見慣れた色彩が溢れるようなゴッホの絵画は少なく、自らが絵筆をとった当初の暗めの色調から、当時の画家に衝撃を与えた印象派の明るい色彩を取り入れ始めた過程が読み取れる。ゴッホの売れる絵画を生み出そうとした苦闘、それは痛々しささえ覚えるほどだ。

ただし美術展としては小粒な印象は否めない。初期の作品はゴッホの恵まれない境遇もあってか小品が多く、それを見せるために多くの補足資料、パネルで量的に増やしているという印象は拭えなかった。過程を見るのも大事だとは思うが、だからこそ最後には彼が到達した、アルル時代のいわゆるゴッホ的な作品も展示してほしかったが、最後までらしい作品は無く、長い説明を延々と聞かされて、ではその最終結果がないのでは、構成面でも物足りなさは残った。

それでもゴッホ展となれば大量の集客が見込めるので、この日の会場も大勢の観客で混雑はしていた。しかし、その状況でこれだけ細かい説明をしていては、一作品の前に滞留することを余儀なくされ、鑑賞者全体にコンセプトを伝えることが果たしてできているかは疑問だ。

正直なところ消化不良に終わった美術展だった。

ゴッホ展 空白のパリを追う

京都市美術館

2013年4月2日~5月19日

2013年5月 1日 (水)

スラブ民族の誇り ミュシャ展

130429アルフォンス・ミュシャはアール・ヌーヴォーという日本人にとって人気のある時代の中で語られる芸術家であり、美しい女性を配したわかりやすいポスターで人気のある画家だが、その表面的な美しさにのみ焦点が当たりやすく、必ずしも芸術としての正当な評価で鑑賞されているとはいえないところがあった。

頻繁に個展が開催される画家ではあるが、現在六本木、森アーツセンターギャラリーで開催されているミュシャ展は、チェコ出身であるミュシャの芸術家としてのバックボーン、民族史的な流れの中で見ていくというコンセプトが出色であった。彼が一世を風靡したポスターだけでなく、油彩画が多く取り上げられている点も、これまでの美術展とは異なる特色だった。

19世紀末はパリが消費文化に沸き、ショー・ビジネスが大衆文化の大きな潮流になった時代だが、その中でポスターは芸術家が世に出るための一手段として世に大量に流出し始めた。ポスターは観客の興味をまずは引かなければならない中で、彼の描く女性像は第一印象は綺麗で、流麗な曲線を多用したその姿は、時代を的確に表現し、あっという間に人気画家へとミュシャを押し上げた。

名声と安定した基盤を得たミュシャはその後も多くのポスターを世に出すが、一方で描いた油絵は華やかな大量消費向けの世界とは一線を画す、よりチェコ民族としての誇り、苦難の歴史への共感といった点により焦点が当たっている。これらの油絵を見ると、ミュシャの芸術が単に表層的なものではなく、民族の苦難の歴史が色濃くその芸術に反映されていることが読み取れる。そして、それらの要素がミュシャのポスターに陰翳と深みをもたらし、時代を超えて共感できるものを表現して、消費されるだけのポスターであるにもかかわらず、彼の芸術が後世にまで評価されるに至った大きな理由であることが理解できる。

大量消費に沸いた19世紀末のパリ、そこでも消費されずに残ったミュシャの芸術は、民族というものの意味が更に意味を持って問いかけられている現代でこそ、その深みがより理解できるのかもしれない。

ミュシャ財団秘蔵 ミュシャ展-パリの夢 モラヴィアの祈り

森アーツセンターギャラリー

2013年3月9日~5月19日

2013年4月14日 (日)

ルネサンスの申し子 ラファエロ展

130413rafaero2130413rafaero最近は自分が待望しつつも、日本では不可能と思っていた個展が開催され続けている。バーン・ジョーンズ、エルグレコ、そして今回は満を持してのラファエロ展。

http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/raffaello2013.html

ラファエロと言えば慈愛に満ちた聖母像が最も印象深いが、今回の美術展では比較的初期から、37歳で夭逝するまでの世界が概観できる。しかし、どの美術館でもラファエロと言えば目玉であるはずだし、そこから貸出するわけだから超一級が惜しげもなく出てくることはないと思うのだが、それでも「大公の聖母」、「自画像」といった、著名な作品も展示されている。

ラファエロは盛期ルネサンスにおいては第3の位置に甘んじることが多い。ダ・ヴィンチとミケランジェロは絵画、彫刻といった面で革新的な技術を誇ったが、ラファエロはそのいずれも体現していない。事実、ラファエロの絵画を見るたびに、他の画家の影が感じられる。ピエロ・デ・ラ・フランチェスカ、ボッティチェリ、そして先の2人の影が作品に反映されている。

しかし、それを消化しかつ昇華したのがラファエロであった。ルネサンスを推し進めた画家の技術を会得し新たな作品を生み出しながら、そこに些細な齟齬も感じさせない完璧な調和を表現する力量はどの画家にも真似できないこの画家の特質だ。ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」、ミケランジェロの「最後の審判」を見ても、技量が勝ち過ぎて全体の美の均質さを保っているとは言えないが、ラファエロはそれらを完全に会得して表現している。

慈愛に満ちた「大公の聖母」、聖母の普遍的な微笑みはダ・ヴィンチ、イエスを抱きかかえる構図はミケランジェロを感じさせるが、そのいずれにも偏らず、さらなる美の姿を推し進めることができたラファエロこそ、ルネサンスが結実した最高点だと感じる。これもまた天才の一つの表現と言えるのだろう。

ラファエロ展

国立西洋美術館

2013年3月2日~6月2日

2013年3月28日 (木)

硬軟描き分ける表現力 レーピン展

130323repinロシアの画家というとシャガール、カンディンスキーあたりがまず挙げられるのだろうが、レーピンもまた著名な画家に違いない。しかしその印象は「皇女ソフィア」の怪物のような迫力ある一種際物的な表現、もしくは「ヴォルガの舟曳」のような、貧しく虐げられた人々を描く感傷的な作品で知られることが多い。自分もまさにそうであった。

現在姫路市立美術館で開かれている「国立トレチャコフ美術館所蔵 レーピン展」はそうした印象を一変させ、この画家の凄まじいばかりの技術力、その技術に裏打ちされた表現力に圧倒される機会となった。

イリヤ・レーピンは19世紀後半から20世紀前半を代表するロシアの画家だが、当時の美術界は写実主義から印象派、そして抽象的な美術へと新たな美の世界に広がりを見せる時代だった。画家自身にとっても刺激の大きい環境の中で、ピカソのように極端ではないにしろ、それぞれの様式を試しながら独自の表現世界を確立する事が求められた。

レーピンもその例にもれず、祖国ロシアで学んだ後はパリに出て、印象派の世界に身を委ねた。そしてその表現法も会得し、後に描く多くの作品ではまばゆい光を取り入れている。しかり彼の場合、形態までも光に溶けるようなところまではいかず、写実的な表現には踏みとどまった。

パリの先進的な表現を身に着けつつも、彼の表現はそれには留まらない。先の「皇女ソフィア」やコサックを描いた作品には、ヨーロッパになりきれないロシアの風土からくるもの、土着性、そして狂気の匂いが感じられる。しかし、それを描いても決して野卑にならないのが彼の凄味で、印象派の表現、写実、繊細な筆遣いもあれば、叩きつけるような荒々しい筆致と、描く対象に応じて的確に描き分ける力量あってこそのものだろう。彼の一連の作品を通してみれば、そのことが理解できる。

ロシアが生んだこの芸術家の世界を、日本にいながらその生涯を通じて概観する貴重な機会を得られたと実感できる素晴らしい美術展だった。

国立トレチャコフ美術館所蔵 レーピン展

姫路市立美術館

2013年2月16日~3月30日

2013年2月14日 (木)

フランスの至宝に絶句 ヤマザキマザック美術館

130209aichi12月9日、愛知県美術館で開催され、会期末を迎えていた「生誕150年 クリムト 黄金の騎士をめぐる物語」を観に行った。この美術館にはクリムトの名作、「人生は戦いなり(黄金の騎士)」があり、自分にとっても日本で鑑賞できる西洋絵画としては最も好きで、名古屋に行くときは必ず足を運んでいる。

今回の美術展はこの常設作品を中心とした企画展だったので、2003年に神戸で開かれた「1900年ウィーンの美神展」ほどの作品が集まっているという期待は持っていなかったのだが、それでもやはりクリムトの美術展であれば観ておきたいと思って訪れたが、さすがに同じ思いの鑑賞客が集まってか相当の混雑だった。

作品の質的には、「人生は戦いなり」が出色すぎて、後のポスター、素描を中心に構成された美術展はかなり見劣りがした。実物大とはいえ、パネルの展示もあまり良いものとは言えない。人も多かったこともあり、1時間弱で会場を後にすることになった。

130209aichi2_3そしてホテルのチェックインまで余った時間を何してつぶそうか、と考えた時、この直前、名古屋ボストンで見かけたチラシの美術館の事を思い出した。ホテルからも歩いて10分ほどなので行くことにした。その美術館が「ヤマザキマザック美術館」だった。

http://www.mazak-art.com/

関係者の型には本当に申し訳ないのだが、名前が洒落っぽいので殆ど期待はしていなかった。チラシにはフランス美術の珠玉の作品、とあり、印象派以前のオールドマスターの作品もあるようだったが、信じきれなかった。

真新しい駅直結のオフィスビルの5階フロアが美術館で、エレベータを下りるとまずボナールの小品が出迎える。これがこの美術館の創立者で館長でもあり、同時にヤマザキザマックという工作機械の大手企業のオーナーでもある山崎氏がフランス美術を収集するきっかけになった作品なのだ。そして、愛らしい少女の前を通り過ぎて、部屋に入るとそこは素晴らしい珠玉以上、最高品質の絵画が優美な空間に並ぶ、日本とは思えない世界が広がっていた。

凄い。正直これだけの作品が集っているのが信じられなかった。ヴァトー、シャルダン、ルブラン、ブーシェ、ドラクロワの大型の作品がルーブルのような空間に並んでおり、よもや複製ではと思ってしまう。その後にはモネ、ルノワールといった印象派もあるが、より素晴らしいのは後期、スーティンが6作並ぶのも圧巻だし、知る人ぞ知る感じのキース・ヴァンドンゲン、キスリングの作品は自分がこれまで見た中で最も素晴らしいものだった。

絵画で満腹になった後の4階はアールヌーヴォーの家具、調度品が贅沢に並び、最後はガレ、ドームのガラス工芸が所狭しと並んでいる。これほどまで質の高い作品に満ちた私設美術館がこんな近くにあったとは。しかも2010年開館、ということで既に3年を経過している。アート好きと言いながらこれまでこの美術館の存在を全く知らなかった自分の不勉強ぶりに恥ずかしい思いがした。

たった1時間で鑑賞するにはあまりにも時間が足りなかった。しかしそんな事を公開する必要はない。これから名古屋に来るたびにここに足を運ぶはずだから。名古屋に来る時の大きな楽しみが一つ増えたことがとにかく嬉しい。

ヤマザキマザック美術館

愛知県名古屋市東区葵1-19-30(地下鉄東山線新栄町駅直結)

10時から17時

月曜、年末年始休

2012年12月22日 (土)

至高との孤独な対話 エル・グレコ展

121222greco子供のころに嫌っていたものが、大人になって好きになるということはよくあることだ。身近なものではビールなどはまさにそうしたものだろう。苦みが単に苦痛ではなく、成長の中でそれを理解する何かをいつの間にか身に着けている。

自分にとってエル・グレコはそうした印象を同じくする画家だ。中学生のころに訪れた大原美術館に掛かっていた「受胎告知」の引き伸ばされた人体描写、暗い青やピンクといった現実の世界には見られない色彩が溢れるその世界に、奇妙さと狂気的なおぞましさを本能的に感じていたのかもしれない。画集を買って帰ったものの、彼の作品のページは飛ばして見ていた記憶がある。

しかし年を経るごとに、彼の作品の深さ、荒いタッチで人物の深層まで引き出すその技術の巧みさが感じられるようになった気がする。今では最も好きな画家の一人となった。そしてその画家の作品を一挙に集めて鑑賞できる機会が大阪で巡ってきたことは、本当に幸せなことだと実感できた。

彼の作品の人物は殆どが縦に引き伸ばされている。それは神のある天に向かうベクトルのようだ。それはまさに教会で神への信仰を強く感じさせるには最高の演出であったろう。だから、宮廷における装飾絵画として、目線と並行に鑑賞される対象としては不都合であり、当時の最大のパトロン、カトリック界の最大権力者であったスペイン王、フェリペ2世の賞するところとはなりえなかった。

しかし王の軛に捕えられなかったことによって、彼の芸術性はより神聖性を獲得するに至った。トレドという閉ざされた環境で、彼は自分の中の芸術に向き合う環境を手にした。それは孤独と引き換えだったのかもしれないが、後世に生きる我々からすればそれに余りあるものを手にした。

彼の作品は暗い色調に支配されてはいるが、その絵画はカラヴァッジオやレンブラントのような救い難い暗さという印象ではない。光源となる天からあまねく降り注ぎ、等しく対象を照らす柔らかな光は包み込むような印象を観る者に与える。その光に照らされた、現世とは異なる色調に輝く世界は、この世とは境界を異にする世界が実際にあると思わせる真実味をもって、観る者に迫ってくるようだ。

ギリシャ、クレタ島で生まれた彼が残した美の世界は、彼が愛し終焉の場に選んだトレドでこそ経験できるのかもしれないが、こうして大阪の地にてその一片でも体験できた幸せを感じずにはいられない。至高というものを体験できた美術展だった。

エル・グレコ展

国立国際美術館(大阪・中之島)

2012年10月16日~12月24日

2012年11月26日 (月)

アートと漫画が時代をつなぐ 山口晃展

121125yamaguchi1最近アート関連の番組でも露出が多い、メカニックで細密な対象を日本画の世界で表現する山口晃の美術展が京都伊勢丹、美術館「えき」で開催されている。

山口晃の作品の印象は、まず細密な描写だ。その魅力は、洛中洛外図屏風のような鳥瞰図に細々としたものを仕組んだ世界に強く感じられる。その仕組みの中には遊びの心が感じられ、鑑賞者はそれを見つけるごとに楽しさを知る。しかしその仕組みは無数に仕掛けられていて、都度見るたびに新たな発見がある。こうしたことを繰り返すうちに、桃山の時代にこうした鳥瞰図が多く描かれたかが理解できるような気になる。昔の人たちも訪れたことのない場所が描かれた屏風を相手に、同じような探し事をして楽しんでいたのかもしれない。

彼の作品は決して几帳面な世界だけではない。電柱のさまざまな形を伝統流派の型に見立てた作品や、挿絵などには肩の力の抜けた漫画的な作品も見られる。だから鑑賞の中である作品では身を乗り出して緊張しつつ眺める、ある作品では息を抜いてぼんやりと眺める、そのメリハリが無意識に繰り返されるような感覚を覚える。

悪く言うと、彼の作品は漫画的なものに見えなくもない。しかし、その漫画は的確な技術の上に成り立っていて、しかも通してみれば、その構成の巧みさ、緻密に描きつつ、その中に抜きどころがきちんと仕組まれている。その世界は、平安時代の鳥獣戯画や、絵巻物に似たところがある。

思えば、今自分たちが見ている美術作品、絵巻物や浮世絵といったものも、当時は楽しみのために作られて、後世に残そうといった意識はなかっただろう。鑑賞する者も、神妙にではなく、今の自分のように間違い探しのような感覚で見ていたのかもしれない。山口晃の作品にはアート作品という障壁を取り去って、そうした観る楽しみが溢れている。アートを観る者が時代を超えて、同じ感覚を共有していることが想像できる。

121125yamaguchi2この美術展では新作集の図版が販売されており、自分も購入した。美術展ではほかの人の手前、一作品の前に陣取って、あれこれ探すという鑑賞法はなかなかできない。こういう作品では、後から画集を見て、新たな発見も可能だろうと思う。次の美術展まではこの画集で間違いさがしに興じようか。

平等院養林庵襖絵奉納記念 山口晃展 ~山口晃と申します 老若男女ご覧あれ~

美術館「えき」(京都伊勢丹)

2012年11月2日~12月2日

2012年10月14日 (日)

ガラス細工のごとく シャガール展2012

Chagall_banner01シャガール展という名の美術展はいたるところで毎年開催されている。作品も多く、版画を多く手掛けているので、作品を集めやすいという事もあるのだろうが、青を基調としたステンドグラスのような作品は、日本人の好みにも合っていると思う。そして、輪郭線のない朦朧としたなかに、牛、恋人、星、故郷といったイメージがちりばめられ、現実世界とはことなる情景が展開される。そこでは人が2つの顔を持ったとしても不思議ではない。

しかし今、京都文化博物館で開催されているシャガール展は、そんなイメージとは少し異なる印象を与える。そして、その結実は代表作、「街の上で」では、シャガールとともに愛する妻ベラが、生まれ故郷であるロシアの小村、ヴィテブスクを跳ぶ姿として描かれる。

当時のシャガールはキュビズム的な、立体形を平面に細かく分割した表現を用いる。それはピカソやブラックのような理論的なものではなかったかもしれないが、シャガールの美術に決定的な影響を及ぼした。そしてこの時期のシャガールの表現には、張りつめた緊張感がみなぎる。それはこのキュビズムの影響の度合いに他ならない。

故郷の空を浮遊するシャガールとベラ、彼らの体はいくつもの平面に分割されている。それはさしずめガラス細工、それも切子細工のようだ。だから、幸福が満ち足りた情景の中に危うさを同居させる。この一瞬は次の瞬間、ガラスのように細かく砕けてしまう脆さを包含しているのだと、思わせる。そしてこの危うげな表現は、大作ユダヤ劇場の壁画にも現れてはいるが、年を経るにつれシャガールの世界からは影をひそめていく。

ベラとの満ち足りた結婚生活の中で、シャガールの世界はより柔らかく、優しい幻想の度合いを強めていった。やがてベラとの哀しい死別、そして別の女性との再婚を経ても、その世界は変わらなかった。最後に展示される版画の連作、「ダニエスとクロエ」はその最たるもので、穏やかで透明感のある色彩と虚ろな形態が混然となり、愛を語る詩の世界を表現している。

シャガールの青春、満ち足りた愛、そして後世の安定、全ての時代を振り返ることのできる、これまでのシャガール展に比べてより深く画家の世界を慈しみつつ鑑賞できる美術展だった。

シャガール展2012 -愛の物語-

京都文化博物館(三条高倉)

2012年10月3日~11月25日

2012年9月15日 (土)

美に耽る病 バーン=ジョーンズ展

120902bahn1120914johnes久々に訪れた兵庫県立美術館、このカエルは健在だった。ピサロ展の時は期間限定の企画と思っていたが、美術館の位置が遠くからでもわかるように、という事も含めた、これもまたオランダのアーティストによる作品とのこと。

この日のお目当ては、待望やまなかったイギリス世紀末美術を飾る画家、エドワード・バーン=ジョーンズの美術展。彼の活躍は大英帝国が絶頂から斜陽へと向かう19世紀末にあてはまる。そして生活に美を取り入れようとしたウィリアム・モリスの一連のアーツ・アンド・クラフツ(美術工芸運動)と相まって、彼独自の象徴的、装飾的な世界観を築き上げた。

正直なところ、彼の絵画を上手いと思ったことはない。むしろ最盛期の絵画に至るまでぎこちなさ、消化しきれない硬さを残していると感じる。明確ではないものの、輪郭線に縁どられたその人物は、初期ルネサンスの絵画を目指したラファエル前派の流れを汲むものだが、彼の作品はラファエロではなく、より以前のボッティチェリに近い。そのことは彼自らも語っている。

しかし、ボッティチェリの明るさは、バーン=ジョーンズの世界には共有されていない。暗い画面の中に視線を一点に定まらせない、はかなげな女性を配置し、対する者に言いようのない不安感を引き起こす。しかし、彼女の視界に自分は入っていない。だからこそ、彼の絵の前に立つと、自分の居場所がない孤独感を強く感じるのだろう。この感覚は、当時の唯美主義、ただ美しいものを自分の創造により描くことに費やした同時期の画家、ロセッティやウォーターハウスにも感じるものだが、よりバーン=ジョーンズに強く感じる感覚だ。

美術展の最後を飾るのは数々の眠りの絵画だ。人は眠るときにこそ全ての桎梏から解き放たれ、あるがままの姿を他者に晒す。その安らぎが貴重であり、その時に見せる姿こそ、神の似姿に作られた人間の最も美しい瞬間なのかもしれない。美に生き、美に耽る画家の世界の集約がこの一連の作品に込められている気がした。

バーン=ジョーンズ展

兵庫県立美術館

2012年9月1日~10月14日

2012年9月 4日 (火)

1000年共和国の歴史を辿る ヴェネツィア展

120902venezia大阪も最近は水の都を前面に押し出しているけど、その歴史の深みからすればヴェネツィアにはかなうべくもない。建国は7世紀末、東ローマ帝国から独立した8世紀前半から、ナポレオンによって滅ぼされる18世紀末までの千年を独立国家として存続した。そして、その長い歴史は海とともにあった。海が国家を守り育てた事例として、ヴェネツィア共和国の右に出るものはない。

そのヴェネツィアの歴史を辿る美術展が三条高倉の京都文博で開かれている。

http://www.go-venezia.com/index.html

そのポスターは水のイメージを前面に出し、水面が青くきらめく、誰もが思い描くヴェネツィアのイメージを十二分に表現している。しかし、残念ながら美術展自体がヴェネツィアの美を十分に表現しているとは思えなかった。

まず入ってすぐに目につくのは木彫りの大きな獅子像。ヴェネツィアのシンボルは獅子に守られた福音記者聖マルコであり、サン・マルコ大聖堂は彼に捧げられた教会だ。堂々としたその像、その直後に展示された建物が密集するヴェネツィアの地図は、この都市の当時のエネルギーを感じさせる。

その後もヴェネツィアの経済力を背景に国際通貨となった金貨・銀貨、豊かな装飾に彩られた書籍、航海に用いた道具、地球儀など、ヴェネツィアの歴史を造ってきた品々が並ぶ。これらは小品ではあるものの、興味深いものだった。そして後半はヴェネツィア貴族の衣装、工芸品などが多く陳列される。

1000年の歴史を誇ったヴェネツィアだが、国際政治上の主役の一翼を張ったのは11世紀から16世紀の間で、レパントの海戦でオスマントルコを破ったのを最後に、後はそれまでの富の蓄積を食い潰していくだけの国家でしかなかった。今回の展示にはそのようなヴェネツィアの歴史の盛衰を横糸に描く視点が欠けていて、表面的な展示構成になっている感は否めない。

絵画の質も今一つで、ヴェネツィアらしい風景画も少なく、全体に暗い印象はぬぐえなかった。しかし、その中でも、当時の元首を厳粛な威厳とともに描いベリーニ、カナレット(工房)の水際の風景画は、往時の華麗さが感じられ、印象に残った。

長い歴史を誇るヴェネツィアを一つの美術展で辿ることは不可能に近い。しかし、その深さを感じさせる構成は焦点を絞ることで可能になる。その意味ではこの美術展にはそうした工夫が感じられなかった。

世界遺産 ヴェネツィア展

京都文化博物館

2012年7月28日~9月23日

2012年8月15日 (水)

マルティン・ルター、世界を変えた男の肖像 ベルリン国立美術館展

120714マルティン・ルター、世界史の教科書で誰しも必ず目にしたことのあるその男の肖像は、それまでのキリスト教聖職者の肖像とは全く異なるものであった。すでに剃髪をやめ、そして肥満と言ってもいい肉付き、そして何よりも挑戦的で自己を主張する得意げな表情、それらはルネサンスの芸術に慣れた目にはあまりにも異なる個性だった。描いたのはルーカス・クラナハ、工房による作品ではあるが、クラナハの特徴が表現された、その時代とヨーロッパ歴史の分岐点を表現する名品だと思う。

マルティン・ルターはいわゆる聖人ではない。聖職者になったきっかけも、雷に打たれそうになり、必死の思いで聖人に助かれば僧籍に入ると叫んでしまったからだという。そして親の反対も押し切って修道院にはいり、そこからは愚直に神の言葉、聖書のみに信仰の基を置いて研究の道に入った。まさか彼自身もその道が宗教改革へ通じ、ヨーロッパを二分し、近代への道を開こうとは思わなかっただろう。しかし、その肖像からは、一つの道をまっしぐらに進んだ意思の強さ、なによりも人間臭さが感じられる。

フェルメール作品、「真珠の首飾りの少女」で注目を集めているベルリン国立美術館展だが、確かにこのフェルメールの作品は、その数少ない30数点の中でも上位位に位置する名品だろう。暗い室内で左の窓、一方向から光が届き、その光に向けて真珠をかざす若い女、その光が白い真珠の表面で乱反射し、その美しさに恍惚とした表情を浮かべる。交錯する光を一瞬で閉じ込め、三次元の世界に表現し、そこに作為性を感じさせず自然な光景として再現したフェルメールの力量の凄さが素直に理解できる作品だ。

フェルメールばかりに注目が集まるきらいもあるが、この美術展では他にもドイツ最高の彫刻家リーメンシュナイダー、精緻な肖像画を残したアルプレヒト・デユーラー、宗教改革時代の代表的な画家でありながら、裸体像も多く残したルーカス・クラナハといった、日本ではあまり公開されない貴重な画家の作品も展示されている。特にルーカス・クラナハの裸体像は決して美しくはないのだが、美しくないゆえにその蠱惑的な表情と、薄い透けて通るような布をまとっているが故にかえって感じる、本能的なエロティズムに何故か惹かれる。

最近の美術展は殆ど大阪にも巡回するが、この美術展は東京、九州しか開催されない。しかし、東京まで行って観る価値は十分ある、個性豊かな作品が集った美術展だった。

ベルリン国立美術館展

国立西洋美術館(東京・上野)

2012年6月13日~9月17日

2012年6月24日 (日)

穏やかな空気が包み込む ピサロと印象派展

120609pisaroこのカエルはなんなのだろう・・・

兵庫県立美術館で開催されている「ピサロと印象派」展に行ってきた。カミーユ・ピサロは印象派の中心人物として名前は知られているが、その知名度ほど作品が日本人に好かれているとは言えない。モネの大胆さ、セザンヌの先進性、ルノワールの芳醇、ゴッホの狂気、いずれにも属さない中間を保った作品は、印象派の巨匠の展覧会の脇役として飾られるに甘んじることが多い。その彼の展覧会はまさに貴重な機会といえる。

確かにピサロの絵には毒がないかもしれない。その作品に対しても、胸を鷲掴みにされるような迫力を感じることはまずないだろう。しかし、色彩分割という印象派の理論がよくわかるその画風、緑青のような緑の点が奏でる清々しい風景からは穏やかな空気がこちら側に流れてくるような錯覚に襲われ、いつのまにかその大気に包まれてそこに立って同じ風景を共有しているような心地にさせられる。

大胆さという点ではモネに譲ると書いたが、実はピサロの筆致も対象をデフォルメし、形を失わせて点に昇華させて、それでいて全体から見ればそれがまさしく元の形を失っていないように見せる技を持っていた。最高傑作、ひろしま美術館所蔵の「パリのポン・ヌフ」はまさにピサロの秘めた力量が最大限に表現されている作品だ。

大型で良質の作品が集まっている美術展は、期待にたがわぬ充実の内容だった。すべてを観終わった時には2時間が経っていたが、疲労感は感じず、ただ一服の清涼剤のように爽やかな気持ちを感じさせてくれた美術展だった。

ピサロと印象派展

兵庫県立美術館

2012年6月6日~8月19日

2012年6月17日 (日)

静かなる怒りの表現 ジェームズ・アンソール展

120609ansoleベルギーという国は不思議な国だ。今の国家としての歴史はそれほど深くなく、200年に足りない国だが、日本にとってはベルギービール、そして絵画で大きな影響を及ぼしている。

ベルギーの画家として最も有名なのは奇想の画家マグリット、大きな目の女性が現れる非現実的なデルヴォー、そしてその後に来るのが仮面の画家、アンソールなのかもしれない。自分もそんな印象を持っていた。そのアンソールの絵画が、ベルギーの王立美術館改装に合わせて豊田市美術館に集められた。

赤を主調とした色彩で描かれた仮面の中にぽつんと正面をみつめる自画像はアンソールの代表作だが、彼の作品の印象は血の色にも似た生々しい赤だ。それ故にその絵を真正面に見ることを忌避するのかもしれない。人間は血を嫌う本能的なものが働くようだ。自分も赤を基調とした絵画を見るとき、本能的に不安感、そこを脱したいという感覚に襲われる。

アンソールも初期は印象派に似た大きなタッチで、当時の上流階級が好みそうな肖像画を描いていたが、徐々に斜に構えた、世間を嘲笑するような仮面を登場させる絵画を描き始める。しかし色彩は明るさを失わず、白と赤を基調とした中に細かく描かれた人物が複雑に絡む。その緻密さゆえに見る者は狂気を感じ、そして明るい色調の中に描かれた死の表現に、平穏な生活に満たされた自分にも訪れるかもしれない不意の破局への不安を思わせる。この不調和こそが彼の芸術を本能的に忌避する理由、そこに思わず惹かれる理由なのかもしれない。

ジェームズ・アンソール 写実と幻想の系譜

豊田市美術館

2012年4月14日~6月17日

2012年5月26日 (土)

前例に生きた王朝貴族の歴史 陽明文庫名品展

120526平安京遷都794年から1869年の東京遷都まで約1,100年の都としての京都の歴史の中にあって、天皇に次いでその中心的存在にあった藤原氏、そしてその筆頭たる摂関家、近衛家の名宝が一堂に会する美術展が開催された。まさに京都に相応しい美術展と言えるだろう。

17日土曜日に訪れたが、鑑賞者は年配の方が中心だった。展示品も書が多く、個々の鑑賞には一定の知識が必要なせいだろう、音声ガイドの貸出比率も多いように感じた。

前半は人臣の最高位を極めた摂政、関白、歴代近衛家当主の日記が並ぶ。日記と言っても、暦の余白に淡々とその日起きた行事を記したもので、後代の子孫のために前例を書き留めておくといった性質のものが多い。政治権力を失った王朝貴族にとって、限られた京都の中で繰り返される行事にあっては、前例に知悉しているかが他の貴族たちとの差別化に至るものであっただけに、それらをすべて網羅した知の蓄積もまた、藤原家、後の五摂家の権威を補完していた。

その藤原家の権威を決定づけたのは藤原道長、その彼の自筆の日記が「御堂関白記」であるが、この自筆が保存されつづけたことも、近衛家が自身の権威の源泉たる道長を尊崇していた証左であろう。1,100年前の歴史上の人物の自筆の日記が眼前にあること自体、その意味がわからなくても感激を感じずにはいられない。

全体的な展示は書に偏っている感は否めないが、それもいたしかたないだろう。しかしその書にあってコレクションアルバム的に名筆を一冊に集めた「大手鑑(おおてかがみ)」は面白い。聖徳太子、光明皇后など、その書風でこれこそが彼の手によるもの、と極めていったところに権威の自信が現れている。書画以外でも酒井抱一の「四季花鳥図屏風」は、金地に草木の緑、そして雪の純白が映え、文化に生きた貴族の趣味に合わせて描いた面目躍如の作品であり、むしろ政治権力を失った貴族の趣味が明確に表れ、興味深い。

京都で展開した王朝貴族による唯美主義的美術の世界、伝統の流れに思いを馳せ、普段は目に触れることのできない蔵の中に静かに保管されている作品群を目の当たりにできる、またとない機会となった美術展だった。

王朝美術の華 陽明文庫名品展

2012年4月17日~5月27日

京都国立博物館

2012年5月13日 (日)

まねることはまなぶこと。 森村泰昌 まねぶ美術史

120512manebu「まねる」という言葉にはどこか後ろめたいニュアンスが含まれている。他人が既に行ったことを模倣するということが、人間の創造性に反する行為と感じられるのかもしれないが、決してそうではない。人はすべからく先人の行為を真似しつつ、そこから自分が何者であるかをつかみ、そして自分のものとして消化していく。そのこういが「まなぶ」ことなのだという。

「まねる」と「まなぶ」は同じこと、そうした「まねぶ」行為を一人の真似るアートで独自の世界を作り上げた芸術家がどのように辿ってきたかが、静岡市美術館の「森山泰昌 まねぶ美術館」で体感できる。

森山泰昌の凄いところはアートとは対極にあるかのような真似る行為をアートとして成立させたことだ。しかしそれがなぜアートなのかはなかなか表現しづらい。自分の中では、その作品が真似ているようだが模倣ではなく、ある面では写実的であり、全体では写真であり、しかしある点では絵画的であり、それらがパッチワークのように組み合わさり、真似たものとは違う独自の世界として鑑賞者の中に伝わってくるところなのだと思う。決して美しいとは思えないのだが、不思議と引き込まれるものを持っている。

彼の作品を見ていると、ほかの美術品にはない楽しさを感じることができる。それは元々真似るということが自分たちが辿ってきた過程と共通するからなのだろう。誰もが子供の頃テレビのキャラクターにあこがれ、変身グッズを親にねだり、それを身に着けなりきって楽しんでいた時代があった。そんな誰もが抱いた憧れを体現していることへの羨望もまた彼が人気を得ている一つの要素であると思う。

この美術展では彼が影響を受けた作品と彼自身の作品を併設しながら、その作品から彼が何をまねび、そして今の真似る作品群の表現に至ったのかを追体験する構成になっている。真似る行為も独自の世界になりうることを証明するアーティストの世界を堪能できる、充実した美術展だった。

森山泰昌 モリエンナーレ まねぶ美術史

2012年4月7日~6月10日

静岡市美術館

2012年5月 2日 (水)

守り続けた一つの伝統 巨匠たちの英国水彩画展

120501suisaiga4月になって行ってみたい美術展が一挙に増えて困る。その中でもぜひ訪れたいと思っていたのが、愛知県岡崎市の岡崎市美術博物館で開催されている「巨匠たちの英国水彩画展」だった。

http://www.city.okazaki.aichi.jp/museum/bihaku/top.html

初めて訪れるこの美術館は外観がガラスで透明感に満ちたスタイリッシュな造り。この日はあいにく灰色の空だったが、青空の日であればさぞかし映えることだろう。

今回の展覧会ではヴィクトリア朝の主要な画家、ターナー、ミレイ、ロセッティ、バーン・ジョーンズ達が描いた水彩画をマンチェスター大学ウィットワース美術館のコレクションから構成するもので、量、質ともに充実した展覧会だった。

水彩画というジャンルが英国で一定の地位を占め続けたのは、フランスの印象派が点で世界を捉えたのに対して、線を重視したことに一つの要因があると思う。先駆者でもあったターナーが印象派に近いとはいえ決定的に異なるのは、画像から感じられる躍動感であり、それを構成していたのは動きのある線描であった。油絵のように書き直しがきかず、一瞬の戸惑いが色彩の濁りに至ってしまう水彩画にあっては、彼らは即決で描ききるしかなかった。

油絵の濃い色調に見慣れた目には水彩画の色彩は淡く、頼りなげで儚く見えてしまうかもしれない。しかしだからこそその透明な色彩を通して描かれる英国の風景は、清涼な大気に満ち溢れ、心の中に自然に染みてくる感覚を覚えた。珠玉の作品に満ちた、素晴らしい美術展だった。

巨匠たちの英国水彩画展~ターナーからブレイク、ミレイまで~

岡崎市美術博物館

2012年4月7日~6月24日

愛知県岡崎市

2012年1月28日 (土)

自分にとっての難解さ プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影

111219goya_2自分の中で整理できない画家というものもいる。このゴヤもその一人だ。ナポレオンに蹂躙され、没落の真っただ中にあったスペイン王国に一人文化史上輝きを与えられた、フランシスコ・デ・ゴヤ。

時間を封じ込めるかのように非常に早いタッチで描かれた作品、写実的に入念に描かれた作品、そして後年聴覚を失う悲劇に見舞われた中で描かれた、一連の黒い版画、彼の作品表現は多岐にわたる。

今回は彼の代表作ともいえるマハ2作のうち、「着衣のマハ」がやってくるとあって、プラド美術館を訪れたことのない自分はぜひ見たいと国立西洋美術館で開催されている美術展を訪れた。そして見た。しかし、やはり消化しきれない何かが残るのだ。「この絵は本当に素晴らしいのだろうか?」

動きのあるタッチは画面に躍動感を与えている。そしてこちらを挑発するかのような表情、足を前に出してにじり寄ってくるような姿勢からは、マハが今にも画面から動き出しそうな錯覚を感じる。しかし、正直そこまでなのだ。自分にはこの絵を美しいと感じることができなかった。

ゴヤの絵すべてにそう感じるわけではないのだが、他の画家に比べるとそれほど魅力を感じることができていない。肖像画のいくつかは素晴らしいものがあったが、あるものはあまりに平面的に人物を捉え、滑稽にしか思えないものもある。技巧的に書き分けているのか、それとも彼の描く対象に対する親近感がこの差を形作っているのか。いずれにしても、これほどの受け止め方の激しい落差は他の画家には感じられない。

今回の美術展でも自分の中の疑問は解明されなかった。まだまだゴヤの作品とはじっくりと向き合い、考える時間が必要なようだ。

プラド美術館所蔵 ゴヤ~光と影~

国立西洋美術館

2011年10月22日~2012年1月29日

2011年12月22日 (木)

人生は醜いからこそ美しい トゥールーズ・ロートレック展

111218lautrec表面上は美しくはないと思えるものに何故か美しいと思える時がある。アートの世界でもそうした場面にはしばしば遭遇する事が多い。そしてその事のほうが後々も自分の中に大きく根を張って忘れられない場合が多い。

歴史的にも古から名を残すフランス名家中の名家の跡取りとして生まれながら、子供のころに得た障害によってハンデとコンプレックスを背負う。しかし、後で見るならばその事が彼を歴史に名を残し、人々の心の中に大きな印象を残すことになった。

鮮やかな光に彩られた印象派の系統に連なる中にあって、ロートレックは異彩を放ち、色調は緑主体で暗い。しかし、単に暗いだけではなく油彩の筆致は軽やかでかつ生気に満ちた勢いがある。暗い表情で踊る踊り子たちだが、それを描くロートレックの筆は、彼女たちの覚悟、鋭気を映すかのように画面を踊るように跳ね回る。

しかしロートレックの芸術の真骨頂はまぎれもなくポスターで見せる浮世絵のような平面性と、対象を極限までそぎ落として真なるものをあられもなく見せつける表現力にある。描かれたイヴェット・ギルヴェールが「私を醜く描かないで」と懇願しても、自らの表現を押し通し、そして醜く描かれた彼女でさえ、その姿を心ならずも認めざるを得なかった事実は、この画家の芸術性の源が真実を見抜き描く事であったことを語っている。

夜ごと欲望の中で蠢くパリの人々。その中にあって彼はすべてを見通し、それでもそこに埋没はしなかった。醜さの中に美はある、それを体現した彼の人生、彼の芸術が今も強烈に人々をひきつけるのは、それこそが芸術に人が惹かれる根源的な理由であることを語っているのだと思う。

三菱一号美術館コレクション トゥールーズ・ロートレック展

三菱一号美術館(東京・丸の内)

2011年10月23日~12月25日

2011年12月11日 (日)

超えた後に見えたもの 生誕100年ジャクソン・ポロック展 

111203pollock自分の中で、どうしても理解できない画家というものもいる。ジャクソン・ポロックもそうした画家の一人だった。ただ単にキャンバスに絵具をぶちまけた作品がどうして評価されるのか、それほど革新的なのか。

しかし、わからないと同時に興味を惹かれる存在でもあった。そのポロックの画業を振り返る回顧展が名古屋市、愛知県美術館で開催されるとあって久々に名古屋に出かけた。

土曜日に訪れたのだけれど、これだけ有名な画家のわりに美術館は人もそれほど多くなくゆっくりと鑑賞することができた。抽象画自体が分かりにくいということもあるだろうけれど、形のないポロックの絵画自体が日本人にとってはあまり馴染めないのかもしれない。

ポロックも最初からこうした表現を行っていたわけでなく、彼の中ではパブロ・ピカソが超えるべき存在としてあった。絵画世界を大きく変えたピカソ、彼を超えるためにポロックは苦悩し格闘した。その過程でアルコールが彼の体をむしばんでいく。

そしてポロックのピカソを超えるための答えは、形をなくし、線と線が密に絡み合う独特の世界だった。大画面の彼の作品に立つと、その線は無造作ではなく、確かに画家のコントロールの中で緻密に構築されたような感じを受ける。そしてその線と線が絡み合う画面の中に次第に取り込まれていくような錯覚を覚える。これは以前マーク・ロスコの作品の前に立った時と同じ感覚だった。

しかし、形を超えたはずのポロックの晩年の作品には再び形が現れる。そして色彩も失われ、黒の世界が漂い始める。これをポロックの才能の劣化と見る向きもあるが、形を超えた感のあるポロック全盛期の作品にも実は形のイメージはあったのではないだろうか。彼の中のイメージに対する表現が新たな世界を展開させる過程の中で、自動車事故で44歳の生涯を閉じたポロック。彼がもし長く生きていたらどん世界を見せてくれただろうか?しかしその答えは永遠に閉じられた。

大画面に密に絡み合った線と線。そこに立つといろいろなイメージが浮かんでくる。細胞の連なり、人と人とのコミュニケーション、大宇宙、蜘蛛の巣の糸。。。彼の作品は難解でいて実は受け入れやすいものなのかもしれない。この画家に対するイメージが大きく変わった美術展だった。

生誕100年 ジャクソン・ポロック展 

愛知県美術館

2011年11月11日~2012年1月22日

2011年9月22日 (木)

禅画の遊びを理解した外国人 ギッター・コレクション展

110921bunka真に日本美術を理解しているのは外国人の方じゃないかと思うことがしばしばだけど、京都文化博物館で開催されているギッター・コレクションを観てもそれを感じた。

http://www.bunpaku.or.jp/exhi_gitter.html

ニュー・オリンズ在住の眼科医、ギッター氏が夫人とともに40年かけて集めたコレクションは、酒井抱一、長沢芦雪、丸山応挙、池大雅、谷文晁といった江戸期日本絵画の巨匠を網羅しつつ、しかもそれぞれの魅力を十二分に発揮した名品を揃えている。なぜ眼科医がこれほどの美術品を集めることができたのか不思議で仕方ない。コレクションを集めた自邸も素晴らしく、よほどの資産家なのだろう。

ギッター氏の集めた日本美術はとてもシンプルで、あまり贅を尽くさず抑制の効いた作品だ。だから日本が独特の金地よりも、より淡い色彩のものを好んでいる。そしてフォルムのよりしっかりした作品だ。淡い水墨画よりも、雪舟の流れをくむ筆致のはっきりした絵が多い。

そしてその傾向は禅画のコレクションでより一層明らかになる。白隠や中原南天棒の作品はどっしりした筆遣いで描かれた白と黒だけの明確なコントラストの中に、描く対象は洒脱で遊びの心を持っている。特にこのコレクションで初めて知った中原の托鉢僧の作品はまさに「ゆるキャラ」の先駆を行く。むしろ「ゆるキャラ」 の心はこの時代の禅画にその軌を発するのかもしれない。

かつてのハリケーンでこのコレクションは水没の危険もあり、何作品かは実際に失われたというが、人々の努力で維持されこうして日本でも目にすることができた。真の日本美術を海外で守り続けていることに感謝したい、そうした気持ちを思い起こさせた美術展だった。

ニューオリンズ ギッター・コレクション展 帰ってきた江戸絵画

京都文化博物館(京都市中京区三条高倉)

2011年9月3日~10月16日

2011年9月19日 (月)

パリを知り過ぎた画家 荻須高徳展

110918ogisu京都伊勢丹の美術館えきで開催されている荻須高徳展。パリに住みパリに溶け込んだ画家の作品は、芸術の都というイメージとは異なる、人間臭いパリの下町の雰囲気が漂っている。

画風は佐伯祐三と共通しているが、佐伯の荒々しさに比べると、線の描写も丸みを帯び、安定感がある。そしてどの絵にも共通なのは秋から冬にかけてパリに広がる鈍い灰色の空。しかしこの灰色の空こそがパリには必要なのだ。灰色のバックに少し黒く煤けた石の町、そして天空に向けて真っ直ぐに枝を伸ばす木々。ボリューム感のある石造りの町は面が支配する世界だが、その世界に突如現れる線のコントラストが、画家のインスピレーションを刺激したに違いない。

パリを愛した画家はヴェネツィアにまつわる作品も残したが、パリほどには感動を与えない。サンマルコ大聖堂や運河を描きつつも空は暗い。やはりヴェネツィアには青空がふさわしいと思えてしまう。

パリを知り過ぎてパリを表現しつくした画家。彼の作品を見てまたパリを訪れたくなった。それも1月2月、灰色の空に覆われた、荻須が愛したコントラストの街並みを久しぶりに見てみたい。 懐かしい心地にさせてくれた美術展だった。

生誕110年記念 荻須高徳展

美術館「えき」KYOTO(ジェイアール京都伊勢丹7階隣接)

2011年9月8日~10月10日

2011年9月17日 (土)

政治都市に集まる珠玉の作品 ワシントン・ナショナル・ギャラリー展

111017washington京都で始まって間もないワシントン・ナショナル・ギャラリー展に行ってきた。今から10年以上も前にワシントンで本物にも遭遇したが、今回が久しぶりの再会になる。

http://www.city.kyoto.jp/bunshi/kmma/exhibition/washington_2011.html

京都市美術館では現在併設で「フェルメールからのラブレター展」も開催中で、今なら普通であれば考えられない美術展が同時に楽しめる。フェルメールは以前既に訪れていたが、この美術展鑑賞後、ついもう一度鑑賞してしまった。

ワシントン・ナショナル・ギャラリーはメトロポリタン美術館、ルーブル美術館、プラド美術館などに比べると日本人の知名度的には一歩譲る所があるけど、実際にはダヴィンチ、フェルメールも3点、ヨーロッパの宗教絵画から、そして今回の展覧会の主題でもある印象派のコレクションまで幅広く所蔵していている。まさにアメリカという国の経済力の集積がここにあるといっても過言ではないと思う。

その膨大なコレクションから集められた作品は、財力に不自由しない富豪がその美意識のままに集めたものとあってその画家の中でも一級の作品ばかりで見ごたえがあった。

印象派の巨匠、マネ、モネ、ドガ、ルノワール、そしてセザンヌから後期印象派のゴーギャン、ゴッホの作品は勿論素晴らしいが、アメリカらしく女流画家のモリゾ、ゴンザレス、カサットの作品も堪能できる。

特に自分の好きな作品はカイユボットの「スキフ<一人乗りカヌー>」だ。ブルジョア出身で裕福だった彼は、貧しい画家であったモネやピサロを支援するため作品を買い上げ、その後彼が所蔵した印象派の作品をまとめて国家に寄贈し、今のオルセー美術館は彼のコレクションが基盤になっている。

彼の作品からはその裕福な境遇ゆえかゴッホなどに見られる迫力は少ない。しかし、場面を切り取り再現する能力、構図の確かさ、水面を反射する光の表現が、見る者にその場を共有し同時に立っているかのような錯覚を起こさせる。印象派から写真へと表現手段が移る時代を色濃く反映した画家だと思っている。

印象派の鮮やかな光に包まれて満ち足りた高揚感を味わえる、そんな贅沢な美術展だった。

ワシントン・ナショナル・ギャラリー展 印象派・ポスト印象派 奇跡のコレクション

京都市美術館(京都市左京区岡崎)

2011年9月13日~11月27日

2011年8月19日 (金)

まばゆい光を描く アルプルの画家 セガンティーニ -光と山-

110818sagawa1110818sagawa2一度見てその魅力に何故か捉えられて続けてしまう画家が何人かいる。自分にとって、この画家もその一人だ。かつて国立西洋美術館でその作品を目にして以来、その迫力ある、他の誰とも比べられない迫真の光の表現に魅了され続けている。

そのセガンティーニの個展が滋賀・守山市の佐川美術館で開催されているということで、訪ねずにはいられなかった。

http://www.sagawa-artmuseum.or.jp/cgi-bin/plan/detail.cgi?file_id=20110716_00000029

イタリアの画家、ジョヴァンニ・セガンティーニ(1858-1899)はアルプスの画家と形容されるが、それは彼が光を追い求めて後年スイスのアルプスに移り住み、そしてそのさなか、より高みを求める中でアルプス山中に41歳の短い生涯を閉じたことに由来する。

若いころはどちらかというと暗い色彩で、農民の素朴な世界を描いていたが、1890年頃を境にその画面は急速に光の輝きを散りばめたものへと変化していく。

セガンティーニのまばゆいばかりの表現を特徴づけるのは、光を描くために色彩を細かく分割するにあたって、モネなどとは違い光点ではなく光線として還元したことによる。そしてその光線は画面上でうねる様な動きを与えられ、絵の具を厚塗りしたことによってよりその動きは強められた。

後期の彼の作品の前に立つと、まばゆい光に満ち溢れた世界が美術館内の暗がりの中でより増幅されて、思わず目を細めずにはいられない反射的な感覚に陥っていることに気づく。この感覚は、他の画家の作品では経験したことがない感覚だ。アルプスの高地で清浄な空気の中で純化された光、その光が遮るものなく降り注ぎ、痛さすら感じる世界が見事に表現されている。

今回の展覧会ではその彼の真骨頂でもあるアルプスの風景画に加えて、人物画や象徴主義の影響を色濃く受けた幻想的な作品も加えられているが、そうしたモチーフであっても彼のうねり、そして刺すような表現は活かされ、対象に深みと緊迫感を加えている。

感傷的に流されやすい風景を、その独特の光の表現法によってまばゆいばかりに二次元に再構築しきったセガンティーニ。「アルプスの画家」とは彼だけに相応しい称号なのかもしれない。今年自分の中でベスト、と思えた美術展だった。

アルプスの画家 セガンティーニ -光と山ー

佐川美術館(滋賀県守山市)

2011年7月16日-8月21日

2011年7月20日 (水)

完成されなかったもの 青木繁展

110717shigeruaoki既に京都では終わってしまったけど、今は東京で開催されている没後100年記念の青木繁展は、かねてからぜひ開催してほしいと思っていた美術展だった。

28歳で世を去った夭折の画家、青木繁。その短い一生からは一見想像つかない破天荒な人生を送った画家のようだが、その人生から産み出された作品もその時の画家の心象を反映して波の激しいものだった。

最初に彼の作品を観たのは実は切手で、昔切手収集していた時に「日本近代美術シリーズ」の第一弾として発行された「わだつみのいろこの宮」だった。しかし、全体に青白い画面のこの絵からは当時何か得体のしれない恐ろしいものを感じ、しばらく観るのも嫌だった記憶がある。そうした経験が今の自分の絵画観、「おどろおどろしいものの中にこそ美がある」という思いに大きく影響を与えているようで、そうしたことからもこの画家は自分にとって特別の画家になっている。

この美術展では冒頭に登場する「わだつみのいろこの宮」、荒々しく、全身血を帯びたような「自画像」、不思議な魅力を伴う代表作「海の幸」、神話の主人公とは思えないモダンな「日本武尊」など、強く印象に残る作品がある半面、さほど個性を感じない、青木らしくないとも思える作品も展示されている。青木の画業が揺れ動いていたことがよく理解できる。

生前は広く認められることがなかった画家は、28年の短い生涯で自分を見定めることは出来なかったかもしれない。しかしその生涯の中で忘れられない作品を確実に残した。トータルで質の高い作品を残す画家は後に忘れ去られても、彼の作品の放つ妖しげな力は確実に人々を魅了して、今に至っているのだろう。

没後100年 青木繁展~よみがえる神話と芸術~

2011年5月27日~7月10日

京都国立近代美術館

(7月17日~9月4日 ブリヂストン美術館)

2011年7月 9日 (土)

海外で認められた江戸の華 ハンブルグ浮世絵コレクション展

110702humburg浮世絵の展覧会は人気があるので、混雑を覚悟しなければならない。この展覧会もどうか、と思ったがやはり人は少なめで、観る者にとってはありがたかった。

浮世絵は日本だけでなく、海外でも人気が高く、ゴッホを始め印象派の画家たちにも多大な影響を与えた。当然海外の収集家も多く、外国にこそ優れた質の高い名品が残っているケースが多いが、今回のドイツ、ハンブルク美術工芸博物館のコレクションによる展覧会も、それぞれの作品の色彩が鮮明で、線も力強く残っており、とても質の高いものだった。

集められた画家は鈴木晴信、喜多川歌麿、東洲斎写楽、葛飾北斎、安藤広重、そして今最もホットな歌川国芳といった最高峰。

前半では「酒呑童子」の連作が全て展示されていて、名前は知っていても話の筋はよく知らなかったので興味深く鑑賞した。そして喜多川歌麿の作品と、安藤広重の名所江戸百景「大はしあたけの夕立」は、実は針のごとく細い線の描写で表現された雨が、微妙に角度の違う線による二回の刷りで描かれている事を知り、版画という職人的技を駆使した美術表現の奥深さに驚かされた。

200年を経ても色褪せていない一作一作からは、真の日本の美を追い求めた西洋コレクターの真剣さが感じられる。この日は特別公開で祇園祭を描いた絵巻も特別展示されており、充実した展示内容で大満足の美術展だった。前後期で展示替えもあるようなので、後期もぜひ訪れたい。

日独交流150周年記念 ハンブルク浮世絵コレクション展

相国寺 承天閣美術館

前期2011年5月21日~7月18日、後期7月23日~9月11日

2011年7月 4日 (月)

珠玉の3点揃い踏み! フェルメールからのラブレター展

110702vermeer最近はフェルメールラッシュ、と言ってもいいくらいにフェルメールを目玉にした美術展が開催されるけど、全世界40作品程度しか真筆と認められていないこの画家の作品でも、質の高低にはかなりのばらつきがある。しかし、今回やってきた3作品はいずれも小品だが、フェルメールでしか描けない世界観に満ちたものだった。

京都市美術館でつい最近始まった「フェルメールからのラブレター展」は、17世紀オランダを舞台に、遠く離れた人々をつなぐ唯一のコミュニケーション手段でもあった「手紙」にスポットを当てた企画展。しかし、なんといっても目玉はフェルメールの3作品とあって、土曜日のこの日も相当の混雑を覚悟したが、来館者も少なく全くの肩透かし。この日の京都自体が今週の本格的な暑さ、震災の影響で観光客が驚くほど少なく、休日とは思えない状態だった。

作品はフェルメール以外でもテル・ボルフ、ヤン・ステーン、デ・ホーホといった名手の質の高い絵画が多く出展されていた。彼らの描く静謐な庶民の日常生活、親子の触れ合い、賑やかな宴会の情景からは、今も変わることのない人間の営みの基本が感じられ、安心感を覚える。そして彼自身の作品こそ登場しないが、レンブラントの影響を強く受けた作品はこの画家のオランダ絵画における影響力の強さを物語っていた。

そして、フェルメール3作、「手紙を書く女」、「手紙を書く女と召使」そして「手紙を読む青衣の女」が最後に登場する。この中では「手紙を書く女」の普遍的な表情、そして「青衣の女」の蒼の美しさが印象的だ。「女と召使」はやや光の表現がコントラストに過ぎている感じがあるが、視線を交わすことのない二人の感情解釈を観る者に任せるような構成の楽しさがある。

作品数は43点と少ないもののそれぞれの質が高く、オランダ絵画の魅力に触れるまたとない機会となった美術展だった。

フェルメールからのラブレター展

2011年6月25日~10月16日

京都市美術館

2011年4月15日 (金)

切って、貼って、廻して パウル・クレー おわらないアトリエ

110325pauluパウル・クレーという画家は正直自分にとってとっつきにくい画家だと思う。それは今も変わりない。色彩と形の組み合わせで構成されたその作品が、自分にはあまり強く伝わってこなかったという事もあるように思う。しかしこの美術展ではそうした作品が自分の中にある記憶と共に、シンクロして響いてくるように感じた。

この美術展ではあまり大作は紹介されていない。しかしクレーがアトリエで作品を作り上げる過程を紹介しながら展示されているその試みが面白いと感じた。クレーが自分の作品を切断し、角度を変えて作り上げる作品、その悪戯とも思える過程は、実は誰もが経験しているであろう子供の頃のパズルやブロックで遊んでいた時の懐かしい記憶と重なってくる。アーティストが作品を作り上げているプロセス自体は、自分達とそう変わりはないのかもしれない。しかしそれを突き詰められるか否かが違うのだろう。

組み合わせたパズルのような作品は、誰もが作れそうで作れないからこそ独特の力を放っている。今までとは違ってクレーを、アーティストを身近に感じることができた美術展だった。

パウル・クレー おわらないアトリエ

京都国立近代美術館

2011年3月12日~5月15日

2011年3月22日 (火)

理想の女性像対決 ラファエル前派からウィリアム・モリスへ

110322 最近デパートの美術展が殆ど消滅してしまった中で、今でも意欲的な展覧会を開催してくれる数少ない、京都伊勢丹 「えき」美術館。ここで開催されているラファエル前派を中心に据えた展覧会が良かった。

http://www.wjr-isetan.com/kyoto/floorevent/index_7f.html

ラファエル前派は日本ではあまりなじみのない美術運動だが、ルネサンスの巨匠、ラファエロの均整のとれた表現に始まる流れが美術界の活力を失わせた、という認識に立ってラファエロ、盛期ルネサンス以前を模範として、ヴィクトリア時代、19世紀イギリス美術の流れに反発した一派だが、この美術展ではその中でも中心事物であるロセッティとバーン・ジョーンズを大きく取り上げている。

当時の美術界への思いは別とすれば、彼らが描く世界は現実とはかけ離れた理想、美へのあこがれ、美のみに奉仕する世界だったように感じる。ロセッティが描き続けた女性像は眉が濃く、鼻が高く、唇が赤く厚い、どちらかというと男性的な女性像であり、バーン・ジョーンズのそれは、儚げで頼りなさげで媚びるような女性像であった。題材はどうであれ、常に彼らは自分の中で美の権化として確立していた女性を描き続けた。この美術展の作品でもそうした共通性が感じられる。

英国が最も輝きを誇った19世紀、まだ社会の矛盾が表面化していない時代は生活に美を追い求めることを許す余裕が社会にあった。ウィリアム・モリスが生活に美を持ちこむことを目的としてアート・クラフツ運動を始めたように、この時代は生活に美しさを求めていた時代であり、だからこそ画家が自分の中で昇華させた女性美を繰り返し表現することが許される時代だったのだろう。

今見ると芸術に必要な毒の少ないこれらの作品は、深く鑑賞する価値が大きく見いだせない仇花のようなものなのかもしれないが、戦乱に向かう20世紀の合間に咲いた美しさを追い求めたかれらの芸術は、実は心の中では一番人間が欲するものを表しているのかもしれない。そういう自分も彼らの作品に大きな魅力を感じているのだから。

ラファエル前派からウィリアム・モリスへ

2011年2月25日~3月27日

美術館 えき(京都駅 伊勢丹7階)

2011年1月24日 (月)

掌に収めたい器 室町三井家の名品展

101223mitsui器の良し悪しは良く分からないが、魅力のある器とは思わず手にとってみたくなるかどうかにあるような気がしている。

東京日本橋の三井記念美術館で開催されている、室町三井家と言う越後屋から始まる三井家の分家に伝わった茶器、茶道具の展覧会はそうした器が多く集められた展覧会だった。

http://www.mitsui-museum.jp/exhibition/index.html

特に素晴らしいのは国宝、卯花墻(うのはながき)と呼ばれる茶碗。志野茶碗と呼ばれる中でも一級品であり、日本で焼かれた茶碗の中で国宝に指定されている二作品のうちの一つでもある。

とにかくこの茶碗だけでも見る価値があった。乳白色の素地に薄く褐色で鳥居のような文様を描いた素朴な意匠が観る者の心を落ち着かせる。素朴ゆえに観ていて飽きない。硬いはずの茶碗が今にも形を崩すかのように思わせる独特の雰囲気、口の周りがほんのりと朱色に染まり、色っぽさも感じさせる。

「やまさとの うのはなかきの なかつみち ゆきふみわけし ここちこそすれ」

この歌とこの茶碗の持つ雰囲気の共通点を見事に読み取った完成も素晴らしい。生垣の赤茶けた竹が雪をまといながらも、一部が透けて見えるような情景を思い描いたのだろうか。

明治時代以降、経済力を失った大名諸侯から流出する名器を収集した財閥家が集めた品々が一堂に会した魅力あふれる展覧会だった。

室町三井家の名品 卯花墻と箱根松の茶屋

三井記念美術館(東京・日本橋)

2010年12月3日~2011年1月29日

2011年1月 8日 (土)

形から解き放たれる絵画 カンディンスキーと青騎士展

101223kandinsky抽象画というジャンルは難しい。まず、この絵とどう向き合うか、に戸惑ってしまう。良くも悪くも題名があれば、そこを手掛かりに入って行けるのだが、それさえもなければ、どうすればいいのだろうかと考えあぐねて、挙句諦めてしまい、その絵と再び対することはなくなる。

その抽象画の父的存在と言ってもいいカンディンスキー。彼が始めた「青騎士」というグループに集った芸術家フランツ・マルク、恋人でもあるガブリエーレ・ミュンター達の作品と共に、彼の画業を概観する展覧会が、東京駅近く、丸の内の三菱一号館美術館で開催中だ。

http://mimt.jp/aokishi/

カンディンスキーも最初から抽象画から始めた訳ではない。当たり前だけど初期は風景画、人物画を描いている。しかし、その時期からも彼の関心が形よりも全体の表現方法、色彩に向かっていることは読み取れる。

そして自然を描写することを辞め、抽象の世界に向かいはじめた初期の絵画は、まだ具象の色を残しておりとっつきやすい。「ムルナウ 鉄道と城のある光景」はまさにそうした一枚で、緑を基調とした背景の中に、白い水蒸気を空に放ちながら進む漆黒の機関車が進んでいく。誰もが心の中に持っている懐かしい風景を見事に表現した一枚だと思う。

そこから次第に形を解き放たれたカンディンスキーの絵画は、幾何学的な形の組み合わせに進み、やがてそうした形の枠からも逸脱した即興、コンポジションと呼ばれる一連の作品へと移行していく。それでも、初期ゆえに彼の作品はまだ難解と言うほどではない。所々に理解できる手がかりが残されている。そうした安心感もまだ感じられるところが、彼の絵画の魅力にもなっているのだろう。いつもは単発でしか紹介されることのなかった、20世紀現代美術への扉を大きく開いた画家をまとまって鑑賞できた、有意義な美術展だった。

レンバッハハウス美術館所蔵 カンディンスキーと青騎士展

三菱一号美術館(東京・丸の内)

2010年11月23日~2011年2月6日

2010年12月16日 (木)

全てを飲み、全てを吐き出した画家の一生 没後120年ゴッホ展

101127vangoch おそらく日本で最も著名で人気のある画家と言えば、フィンセント・ファン・ゴッホに違いない。そしてこの画家の本国オランダにおけるコレクションでは双璧と言えるファン・ゴッホ美術館、クレラー=ミューラー美術館で構成される美術展ならば、人気が集まるのも当然だろう。そして、その人気に応えるように力作がそろった、充実した美術展だった。

この美術展では初期から最晩年、精神を病んで、療養のかいなく自殺と言う悲劇で生涯を終える画家の生涯を作品で辿ることができる。そして、その辿った道を追体験すると、この画家がいかに多くの先駆者の作品を学び、作風をわがものとし、そして異なる表現世界を自己の中に取り込んで吸収咀嚼し、自分だけが表現できる唯一の世界に仕上げて行ったかがよくわかる。

初期はミレーの暗い農村の風景を描いた作品から、印象派モネの明るい光の粒を細かく描いた世界、そしてゴーギャンの鮮やかな色彩、そうした彼の周りの画家達が編み出した表現方法を、ゴッホは貪欲に自分の中に取り入れ、そしてそれらは驚くべき彼の精神のフィルターを通ることによって全く違う世界となって現された。表題の自画像は、その光の粒の世界は印象派のものだが、渦巻く背景、正面を見据える描写は彼だけが描きうる世界だ。

そして彼の作品を見るたびに感じることだが、彼は自分の作品をまるで木版画のように、削り込むように描いている。そうした彼独自の描写方法もまた、木というものに特別の愛着を感じてきた日本人の感性に訴えかけてきた一つの要因なのだろう。

没後100年以上を経ても、なおその作品の生命力は増しこそすれ、決して消えることはない。僅か37年の生涯でこれだけの変化を遂げた画家はおそらくないだろう。ゴッホの展覧会は見るたびにワクワクさせられるし、この美術展もまさしくそんな展覧会だった。

没後120年 ゴッホ展

国立新美術館(東京・六本木)

2010年10月1日~12月20日

2010年12月14日 (火)

齧りたい器の世界 ルーシー・リー展

101212lee1101212lee先週末の大阪は冬晴れの気持ちいい日和だった。こういう日に中之島、公会堂の辺りはとても気持ちのいい散歩道となる。そして、その一角、東洋陶磁美術館もまた、レンガ風の建物が色濃い青空の中にあって映える格好のスポット。

その美術館で始まった英国の女性陶芸家、ルーシー・リーの大規模な展覧会。日曜朝の時間とあって、会場はそれほど混むでもなく、ゆったりと鑑賞できた。

http://www.moco.or.jp/exhibition/2001/39.html

彼女の作品の魅力は何と言っても多様な釉薬の世界。ポスターに使われているピンクの釉薬、この日の空のように濃い蒼の釉薬、緑、黄色、そして独特の泡立つ質感が強烈に迫ってくる溶岩釉、作品とともに展示されている彼女の釉薬ノートには多くの分子式が書き留められており、彼女がいかに釉薬の効果を自らのものとし、計算しつくして表現していたかがわかる。

彼女の作品を見ていると、触れたくなると同時に、無性に齧りたくなる衝動に駆られる。おとぎ話、ヘンゼルとグレーテルの世界のように、お菓子で作られた陶器のように思えてくるのだ。特に黄色の釉薬で彩られた陶器は、表面の艶からしてプディングそのもの。彼女は陶芸をお菓子を作るかのように楽しんでいたのではないかと思えるほどだ。

女性らしい薄手の造りだが、その上に大胆な色彩の釉薬を施し、そして繊細な掻き落としで調和をいたずらっぽく乱す。見るたびに微笑ましく、愛おしく感じる彼女の作品に出会えるまたとない機会となった。

ルーシー・リー展-ウィーン、ロンドン、都市に生きた陶芸家-

大阪市立東洋陶磁美術館

2010年12月11日~2011年2月13日

2010年12月13日 (月)

山間の小都市に咲く精華 ザ・コレクション・ヴィンタートゥール スイス発-知られざるヨーロピアン・モダンの殿堂

101212winterthur名前も知らなかったスイスの小都市にある美術館のコレクション。しかし質の高さには驚いた。スイスという国の経済力、ヨーロッパの実業家の美意識、そして国民の文化の高度さ、そうしたものを感じさせる充実した美術展だった。

この美術館のコレクションが日本にやってくるのは初めてとあって、目にする作品の全てが新鮮に自分の中に迫ってくる。これだけでもワクワクする。

それに加えてフランスの名だたる画家の作品が網羅されている。ドラクロワからコロー、モネ、シスレー、ドニ、ボナール、ルドン、ピカソ、ブラック、そしてルソー。しかもそれぞれの作品が大作ではないが、特徴が現れた力作ぞろい。

また、日本ではあまり取り上げられないスイスの画家の作品も面白いものが多かった。特にアドルフ・ディートリッヒという画家のリアルでいてリアルでない、素朴な絵でありながらシュールレアリスム的な作品が印象に残った。

著名な画家の中で充実していたのはルノワール、ルドン、ボナール、ヴュイヤール、ピカソ、そしてスイスの画家ヴァロットン。そして特にルドンの花の絵と神秘的な瞑想する修道僧の絵が、彼らしい静謐さに溢れた心を落ち着かせる作品だった。

小都市の小さな美術館の作品がこうして日本で見られるのも嬉しいものだが、会期が終了すれば再び目にすることがないかもしれない、と思うと帰るのが惜しい、そんな気分にさせられた展覧会だった。

ザ・コレクション・ヴィンタートゥール

スイス発-知られざるヨーロピアン・モダンの殿堂

兵庫県立美術館

2010年10月21日~12月26日

2010年11月19日 (金)

走り続ける青列車 宮島達男「Time Train」

101114timetrain昔から人生は鉄道に例えられてきた。そして人間世界全体の生の営みもまた鉄道に仮託されて語られてきた。乗客は変わっても常に走り続ける列車は、生死を超えて時を進み続ける時間の象徴として、芸術の世界にも取り上げられてきた題材だ。

心斎橋の中心、コムデギャルソンの上階のアートスペースで開催されている宮島達男氏の「Time Train」もまた、その一つと言える。白い空間からそのままではくぐれない入口を入ると、暗闇の中でデジタルカウンターを搭載した、青白い光を放つ電車が走っている。時折壁にうがたれた穴に入るときは視界から離れて、その瞬間は音さえも小さくなるが、再び我々鑑賞者に姿を表し、再び走り続ける。電車からはみ出るように積み込まれたカウンターは、なにか数を数えているのかもしれないが、それ自体に注意は向かない。多すぎるカウンターを注視することを、見ている自分が拒否している事に気がつく。

一見ジオラマ的なこの作品には実は思いもかけない題名が付けられている。かつてのユダヤ人の虐殺にまつわるその作品名に接した時、この作品が持つ隠された意味が明らかになっていく。しかしそれは決して人類が犯した罪への批判だけではないようだ。批判であればそれを掲げてただ走り続ければ事足りる。我々の目から消えて、やがてまた生まれる、その繰り返しが再現されることで、過去の批判だけではない未来への視線、過ちを繰り返しつつも歩みを止めない人類の歴史への共感もまた語られているのではないだろうか。

本展示品はドイツで初めて公開された作品と聞く。そこでこの作品が受け入れられたということは、この作品が単に過去の贖罪を示したものではなかったことの現れに違いない。

宮島達男「Time Train」

Six(大阪市中央区南船場3-12-22 心斎橋フジビル2階)

2010年11月3日~12月29日

12:00~19:00 月曜休

2010年11月 7日 (日)

頂点を過ぎた危うさか カポディモンテ美術館展  

101031kapodimonte小国が分立したイタリアにあって、南イタリアの主要国であったナポリ王国。しかし、その実態はフランス、スペインの影響下に置かれた国家でもあった。

このカポディモンテ美術館のコレクションの主体をなす大貴族、ファルネーゼ家もまた王国の転変とともに生きてきた一族であった。ファルネーゼ家自体はパルマ公として北イタリアの小国の君主であったが、時にスペイン勢力につき、3代目の公爵アレッサンドロはスペイン王フェリペ2世臣下かつ甥であり、王の庶弟ドン・ファン・デ・アウストリアの後継としてネーデルラント総督にもなっている。

そのファルネーゼ家がかつて集めた絵画を主体とした展覧会が京都で開催された。

http://www.bunpaku.or.jp/exhi_napoli.html

大きく扱われているのはパルミニジャーノの「貴婦人の肖像(アンテア)」だが、硬さが目立ち、僕はあまり魅力を感じなかった。むしろマンティーニャ、ティツィアーノ、エル・グレコの作品が興味深かった。特筆すべきは女流画家、アルテミジア・ジェンティレスキの「ユディトとホロフェルネス」、ユディトが敵軍の将軍の寝首をかく題材は幾多の画家によって描かれてきたが、これほど凄惨に描いた画家はいない。女性が主張し始めたルネサンス以降の歴史の中でも一つの記念碑的な作品だと思う。

その他、HPでも紹介されているグイド・レーニの「アタランタとヒッポネス」の不思議な危うさと均衡を保った平行四辺形的構図の妙が印象的だったが、後半の作品に共通して感じられたのは非現実性と色の暗さだった。そして暗い青に支配された画面からは、明るいイタリアの雰囲気とは対照的な不安、混沌といった印象を受けざるを得なかった。しかしその中に不思議と魅かれる何かがあったのは、頂点を過ぎ転落に向かう物が持つ危うさによるものなのだろうか。そして、このような絵画を収集し、自邸に飾りその前に対峙した貴族もまたそうした魅力に魅かれたのだろうか。

いつも見るイタリアとは違った世界、しかしそれもまたイタリアの一つの側面には違いない。イタリアの複雑な歴史が育んだ芸術の多様性を考えさせられた展覧会だった。

カポディモンテ美術館展 ナポリ・宮廷と美 ルネサンスからバロックまで

京都文化博物館

2010年10月9日~12月5日

2010年10月 3日 (日)

神が望んだ戦争・序曲 絵で見る十字軍物語

033_3古代ローマ、ルネサンスと時代は違えどイタリアを描き続けてきた著者が、今その舞台を変えようとしている。彼女が歴史を再現しようとしている舞台はパレスティナ。

ローマ人の物語を綴り終えて、その後にイタリアを襲ったイスラムの嵐、そこからルネサンスを経て近代へと向かう歴史を語ってきた塩野七生氏が新たに選んだ題材が十字軍、というのもうなずける。ヨーロッパ社会の最大の脅威として勃興してきたイスラム、その猛威にさらされた歴史を乗り切ったヨーロッパが今度はイスラムに対して挑戦したのが十字軍というものだとすれば、彼女にとってこの道に進むのは必然的なものだったのかもしれない。

彼女の十字軍絵巻は4巻が予定されているが、その序章とも言えるのがギュスターヴ・ドレが描いた絵と地図と共に十字軍の歴史を概観しようという本著。挿絵画家として有名なドレはこの絵を他の作品の挿絵として描いたという。

ドレの細密な版画からは、この凄惨な戦争の背景にある宗教的対立、味方の中にある名誉欲、その中で失われた無名の戦士、住民の命といった悲劇は窺えない。しかし、一方で神が望んだという戦争を闘うキリスト教戦士への共感はベースに感じさせながら、敵であるイスラムを醜く描くこともしない画家の冷徹な描写は、歴史を再現しようとする歴史家の精神と共通点がある。ドレの絵を見て美しいと思うのは、そうした一つの見方に偏らない客観性にあると思う。そしてそれは塩野氏の歴史が伝えるそれとまさしく通じるところではないだろうか。

序章の後に、既に第一巻が刊行された。ヨーロッパ世界の武力によるイスラムへの挑戦が失敗に終わることは解っているが、その結末までには数多くの知られざる物語が秘められているに違いない。その物語を読み続ける事がこれから楽しみだ。

絵で見る十字軍物語 

塩野七生著(絵 ギュスターヴ・ドレ)

新潮社刊

2,200円

2010年10月 2日 (土)

ようやく来たぞ 川村記念美術館

101002kawamura1101002kawamura2101002kawamura3_2ずっと生きたかった美術館、川村美術館にようやく行くことができた。

なにせ、千葉県佐倉市、しかも駅から車で20分ということもあって、ここに行くだけで一日仕事、ということもあり、なかなかきっかけもなく、踏ん切りもつかなかったが、千葉市美術館の田中一村展とともにようやくこの日初めて足を踏み入れた。

JR佐倉駅からは30分に1本の無料送迎バスが出ており、そのバスに揺られること約20分、佐倉市郊外の広い敷地のなかに美術館はある。そして美術館の門をくぐると緑豊かな大きな池、そこに棲む白鳥などの鳥たちと、よく整備された庭園が目の前に広がってくる。その庭園を前に眺めることができるレストランでまずは腹ごしらえ。この日は1,200円のランチプレート。スープ、サンドイッチ、自家製のパンといった結構のボリューム。美術館のレストランだけど、品数も豊富で、グラスのシャンパンも用意されている。勿論シャンパンもオーダー。

美術館での食事って、見る前ならばこれから出会う作品への期待、そして見た後ならば感動を語る機会にもなって、楽しいものだ。この後、待望のロスコルームを初体験。その感想はまた次回に。。。