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カテゴリ「歴史書」の21件の記事 Feed

2014年1月13日 (月)

信ずる者は己のみ 皇帝フリードリッヒ二世の生涯

140113fridrici今まで旅行した場所で最も印象深い街としてパレルモを挙げることに躊躇はしない。訪れたのは6月だったが、曇りない青空から照りつける容赦ない陽射し、そしてそれを避けるように入った聖堂の内部は、金色のモザイク全体から発せらる、外の刺すような光線とは全く異質の包容力溢れる光に満ちていた。

ローマ帝国時代から穀倉地帯として諸民族の争いの場となったシチリアは、ローマが去ったのちはイスラム、ノルマン、ドイツ、フランス、スペインと征服者は絶え間なく交代したが、その中間に位置するのがフリードリッヒ二世だった。シチリア王にして神聖ローマ皇帝、キリスト教俗界の権力を一身に集めた男は歴史上失敗を重ねた十字軍の中にあって、戦いでなく和平交渉でエルサレムを解放した壮挙でも知られる。しかし、同時に歴代の法王から破門され、彼の死後は一族根絶やしにされ、彼の像も破却、歴史から抹殺刑を受けるような破目に至った。

この興味ある人物だが、暗黒と称される中世、そして宗教を背景としているが故に日本人には馴染みがなく、採り上げられることは世界史の教科書以外は殆ど無かった。しかし、やはりこの人は違った。イタリアの歴史物といえばこの方を置いて他にはない、塩野七生の最新作はまさにこの人の生涯を扱ったものとなった。

「皇帝フリードリッヒ二世の生涯 De Imperatoris Friderici Secundi Vita」、この人の生涯を簡潔に述べるとすれば己の信ずるままに生ききった、ということであろうか。言葉にすれば簡単な事かもしれないが、現世においても世間体、社会のルールに絡まれて自分の思うように生きることは難しい。まして、当時は俗界の最高権力者としても、キリスト教の教義に反して意思を行使することは許されない時代だった。

しかし当時としては甚だ理性を重んじたフリードリッヒは、キリスト教の教義は認めつつ、聖界と俗界の権力行使範囲を明確に切り分けた。それが全ての権力の源泉であることを自認するカトリック教会とは相容れず、彼の生涯を常に戦いの場へ置くことを強いた。異教徒とは和解できた彼だったが、キリスト教会との権力闘争に疲弊し、かつ彼自身があまりに優れていた故に後継者に恵まれず、彼の事業は一代で途絶えることになる。

しかし彼の理念は滅びることなく、同時代の人間に影響を与えて後世に伝わることとなった。残された著書の中にもあるように、彼はあるがまま、見た物を重んじた。魂の世界を信じてはいなかった。それはまさにルネサンスを先駆ける人間本位の考え方であった。中世の歴史にあってただ一人燦然と輝く奇跡的人物像、それが皇帝とあれば魅かれない人がいるだろうか。フリードリッヒ二世は一族に権力を継承させ得なかったことで歴史上敗者に位置づけられるのかもしれないが、この著書を読めば結果を超越した信念の一生であったことが理解できる。時代に愛されなかった皇帝はまさにルネサンスを先駆けたのだ。

皇帝フリードリッヒ二世の生涯(上下)

塩野七生著

新潮社刊

2012年3月11日 (日)

金融市場の冷酷さ 日露戦争、資金調達の戦い~高橋是清と欧米バンカーたち~

120312nichiro久しぶりに読書感を。。。

この本を歴史書というカテゴリーに入れることは適当ではないかもしれない。しかし、日露戦争というまさに日本が国家存亡を賭けて打った大博打のような戦争に勝利したのは、ロンドン、ニューヨークの金融市場を舞台に資金調達というもう一つの戦争に勝利したことが大きな要因であったことがこの本を読んでよく理解できた。

国債、それはギリシャ危機が世界経済全体を巻き込む不安要素になっているが、日本においても国家税収の20年分もの国債発行残高が積み増されている。それでも日本の国債がギリシャのようになっていないのは、国債が国内で消化されているからであり、日本の経済力がそれに耐えられるだけの余力を残しているからだと思う。

しかし1904年の日露戦争開戦当時、明治維新から40年に満たない時を経ただけの日本には大国ロシアを相手にする戦費を国内で賄うだけの力はなかった。戦争とは物資の消耗戦であり、軍艦も含めて日本で調達できる物は限られる。この当時の国際為替市場は金本位制、金の保有量に応じて貨幣を発行する管理体制であり、かつパクス・ブリタニカ、大英帝国が世界を制していた時代でもあったから、輸入するにはまずはロンドンで金と兌換できるポンドを手に入れる必要があった。

今でも財政危機のたびに名前が登場する、「ダルマさん」こと高橋是清、日本屈指の財政家であり、日銀総裁、蔵相、首相、そして首相退任後も蔵相に就任して昭和恐慌を収束させ、軍縮財政を進めたことから後に2.26事件で暗殺されることになるが、当時の高橋は日銀副総裁で、当時の政府首脳である桂太郎首相、元老・山県有朋らから請われてこの任にあたった。そして1907年の終戦に至るまでの苦難の数々が、日露両国債権市場の評価とともに語られている。

この本を読んで思ったことは、当たり前ではあるが市場というものが短期的に目先の事象に反応して動くのではなく、長期の見通しに立って動いているということ。二百三高地の陥落、日本海海戦の勝利などは短期的に国債市場を動かしたが、長期的な評価はその国家が借金をファイナンスできるかどうかであり、講和時点でも日本とロシアの市場の評価に大きな差は出ていなかった。確かに日本は戦争によってその国力を証明し、市場の評価を上げたが、それでもようやくロシアに肩を並べたにすぎなかった。戦争に負けても、ロシアはまだ借金を払える余力は十分と市場は評価していたのだ。ただ、その10年後にロシアは革命によって帝政が倒れ、ロシア国債はデフォルトを起こすことになる。

100年を経ても変わらぬ市場を通じた資金調達、その中で情報戦も交えた国家存亡を賭けた戦いが繰り広げられていた。460ページという厚さだが一気に読ませる力のある経済書だと思った。

日露戦争、資金調達の戦い~高橋是清と欧米バンカーたち~

板谷敏彦著

新潮社刊(新潮選書)

1,700円(税別)

2010年1月17日 (日)

絡み合う血統の歴史 英国王室史話

100116 ヨーロッパの歴史を読んでいると必ず出てくる血筋の話。家系図を見ないと、わからなくなってしまい途中で挫折するケースもままある。

ヨーロッパの王室は各国間で婚姻が結ばれたり、外国から迎えられて王位についた場合があるので、元をたどるとその国の人じゃない、ってことがよくある。スゥエーデン王室なんか、もとはナポレオンの部下だった人物が落下傘的に王位について、今も命脈を保ってるんだから面白い。イギリスも今の王家は元をたどるとドイツ人のハノーヴァー公爵家から入っているので、かなりドイツより。ただ、今のヨーロッパを考えると、そうした国にこだわる意味はなくなっているのだろう。

今のイギリス王室は公式にはノルマンディー公だった征服王ウィリアム1世から始まる。そこから王位をめぐって争いが続き、プランタジネット朝、ランカスター朝、ヨーク朝、チューダー朝、スチュワート朝、そしてハノーヴァー朝へと続いてきた。そして今のウィンザー家のエリザベス2世まで、歴代の王を中心にイギリスの歴史を系図に詳しく語ってくれているのがこの本だ。今でもイギリスの歴史に関してはこの本がベストだと思っている。

イギリスの歴史の難しいところを易しく説き起こしてくれた森護さんの本は大好きで、昔よく読んだものだけど、久しぶりに読み始めたのは「ばら戦争」のあたりに興味が向いたから。ランカスター家とヨーク家の争いは、シェークスピアに「リチャード3世」のインスピレーションを与えたんだけど、この争いも血筋的には近い者同士の争い。それを理解しようとするのだけど、なかなか難しい。しばらくは家系図とこの本とのにらめっこが続きそうだ。

英国王室史話

森護著

大修館書店

3,914円(購入当時:かなり昔です)

2009年10月27日 (火)

栄光を見せ続けた家 ハプスブルク家の光芒

091020 今、東京で開催されている「THE ハプスブルク」。やがて京都にもやってくるこの美術展にはおそらく足を運ぶことになるだろう。東京の美術展も盛況のようだが、日本には縁遠いこの王朝がこれほどまでに人を惹きつけてやまないのは勿論ヨーロッパの最高峰に位置し続けたその栄光もさることながら、その実はその地位を保つために費やした苦悩、苦闘の歴史にあるのだと思う。それを見せないように飾られる物であるから、その美しさは一層磨かれて、見る者に幻を感じさせたのかもしれない。確かにこの一族は神に選ばれた家であると。

元々は弱小故に「ローマ帝国」後継者の地位を与えられたハプスブルク家。しかし、初めて帝冠を得たルドルフ1世をはじめ、一門の当主はしたたかだった。再び皇帝となったフリードリッヒ3世は逃げ続けながら誰よりも長生きした。その子マクシミリアン1世が「中世最後の騎士」と言われながら、領土を得たのは結婚政策だった。孫のカール5世はスペインも手に入れながら戦に明け暮れて疲れ果てた。

スペインとオーストリアに分かれた一門だったが、スペインはやがて近親結婚により自滅する。残ったオーストリア家も、引きこもりのルドルフ2世、王家の栄光を立て直しながら、家族は政治のために利用したマリア・テレジア、そして王朝をただ延命する為に生き続けたフランツ・ヨーゼフ。彼らは歴史の流れに抗する中で、一族の栄光を保たせるための努力にその生涯を費やした。しかし結局は第一次世界大戦の敗戦によってこの一族は王冠を失ってしまった。しかし、その数々の苦闘の歴史故にハプスブルク家はヨーロッパで最も高貴な王朝として古き伝統へのノスタルジーとともに語られる伝説となった。

栄光は与えられるものではなく、自らが作るもの、飾るもの。それを600年にわたって体現し続けてきた王朝のまばゆい歴史に隠されたエピソードが数々詰まっている。そこに今でも共感できるものがあるからこそ、この一家に大きな魅力を感じているのだろう。

パプスブルク家の光芒

菊池良生著

筑摩書房(ちくま文庫)

740円(税別)

2009年9月25日 (金)

厳しい時代の情景 ボーヌで死ぬということ

090924ヨーロッパ中世は暗黒の時代と称される。戦争、疫病、宗教的対立、人間社会に存在する負の世界が全て浮き出たような時代のような印象がある。それもまた一つの側面であるが、かつて一人の優れた歴史家はその時代が持っていた違う本質までも見事に描き出した。

オランダの歴史家、ヨハン・ホイジンガが1919年に著した「中世の秋」。この著書の冒頭で、ホイジンガは中世世界を見事に簡潔な文章で表現した。

「500年ほど昔の世界では、人生のすべての出来事は今よりはるかに鋭い輪郭を持っていた。悲喜と喜悦、不幸と幸福の間の懸隔も我々の場合よりずっと大きかったらしい。(兼岩正夫、里見元一郎氏の訳より引用)」

鋭い輪郭、大きな懸隔、この時代の人々の揺れ動く心情はまさにこの2つの言葉に集約されているように思う。その最たるものこそ、生と死のドラマであったに違いない。そのドラマが繰り広げられた舞台として、ボーヌ施療院がある。

ボーヌ施療院はブルゴーニュ公国高官、ニコラ・ロランによって建てられた病院であったが、この病院は治療を目的としたものではなかった。元よりこの時代に病気を治癒に向かわせる確実な治療法はない。人間の治癒力、そして神、聖人の加護に頼るしかなかった。しかし実はこの施療院に課せられた役割は、患者を安らかに死での旅路に導くことだった。

施療院におかれたロヒール・ファン・デル・ウェイデンの「最後の審判」の祭壇画を見たとき、そこに描かれたキリストが死者の裁きに降臨した際に、自分が選ばれて御国に入ることができるよう、ベッドに横たわるものは準備をしたに違いない。そしてそれを看護する者もまた、横たわり死への苦悶の表情を浮かべる姿に、かつて十字架上で苦しんだキリストを思い描いたという。

この時代の芸術を見たとき、あまりのあからさまさに目をそむける事も時としてある。しかし、それを見る時は当時の人々が置かれた時代性を考えるべきなのだろう。その時、その芸術の表現する物が輪郭を強めて、真の姿を現してくれるに違いない。

ボーヌで死ぬということ <中世の秋>の一風景

田辺 保著

みすず書房刊

3,000円(税別)

2009年7月24日 (金)

すがりたい心の歴史 聖遺物崇敬の心性史

090710_2神以外を信仰の対象としないはずのキリスト教だけど、実際には聖母マリアや、数えきれない聖人などが「神への仲介者」として存在している。自分たちと近い存在により親しみを感じる心情は今も昔も変わらないのかもしれない。

そしてその信仰が目の前に存在する実態に向けられることも同じのようだ。キリストやマリア、そして諸聖人に由来する物を競って集め続けた歴史をこの本は語ってくれる。

聖遺物にもいろいろある。聖人の遺体、骨といった断片、かつてまとっていた衣服、触れたものなど、何か由来があればすべてそれは聖なる力が宿ったものとして崇拝の対象となった。中には敬虔な人物が去った時の災難を恐れて、その人物を殺害して聖遺物として祀ろうとした事例もあったという。

それにしてもよく考えたものだ。聖者の骨、爪の破片、キリストの茨の冠の棘、十字架に打ち付けられた釘、そしてそれらを奉納する為に作られた黄金、宝石に彩られた容器。それはまさに想像力の賜物といえるだろう。時折開かれる聖遺物公開のイベント、カタログ類なども、有名人にまつわる者を珍重し、それを高値で取引する今とそれほど変わらないのではないだろうか。

今もヨーロッパ各地の教会で崇拝の対象となっている聖遺物と、そうしたすがる心が産み出し結晶となった芸術品の数々。イメージが形となっていく過程を辿る面白い歴史書だった。

聖遺物崇敬の心性史 西洋中世の聖性と造形

秋山 聰著

講談社刊(講談社選書メチエ)

1,600円(税別)

2009年2月10日 (火)

パワーゲームの末に見えたもの ローマ亡き後の地中海世界 下巻

090208_2ローマ帝国が滅亡した後、ヨーロッパを襲ったイスラム勢力。その主力は海賊たちだった。沿岸の村々に生きていた民衆は守ってくれる者もおらず、或る者は殺され、或る者は拉致され奴隷として「浴場」と呼ばれる場所に放り込まれ、そして逃げおおせたものも財産や近親を失って無傷ではすまなかった。

しかしそうした個々の動きがやがて時の流れとともに集約されていく。強大な国家権力が少しずつ育ってきていた。特にイスラムの盟主としてアラブ世界からヨーロッパにも覇を唱えんとするオスマン・トルコが強大化し、本来は陸の民族であったトルコもその必要から海軍を擁するようになる。その歴史はまず海賊を丸抱えし、その機動力を利用するというものであった。私的な略奪はかくして国家事業としてのお墨付きを得ることになる。

これを迎え撃つヨーロッパには、オスマン・トルコに真っ向伍するだけの勢力は生まれなかった。角逐の最前線イタリアは分裂の極み、その周辺でも神聖ローマ帝国、スペイン、フランスが各国の利益、不利益の勘定に終始し、結束して脅威に当たることができない。そしてその間も罪なき民衆が襲われ、殺され、また連れ去られていく悲劇が繰り返される。時には英雄的な反撃を試み、打ち破った事例もあったが、それさえも多くの血が流された故の勝利であった。

やがて身内の争いをしている場合ではない事態が迫っていることに気づいた国々が曲がりなりにも盟約を結んで事に当たらねばならない時が否応なくやってきた。そしてその緊張の高まりが最高点に達したのが「レパントの海戦」。この戦いでヨーロッパはオスマン・トルコを打ち破り、兎にも角にも彼らの進撃を止めることに成功した。この開戦を境目として、地中海の抗争の歴史は沈静化し、そして歴史の舞台からも徐々に退場していくことになる。時代は内海から外海、大西洋へと大きく舞台を転換し始めた。

ローマ帝国が滅亡し、パクス・ロマーナ(ローマの平和)が失われて以降、再び地中海世界が安定し、そこに生きる民衆が安心して暮らせるまでの平穏を取り戻すまでに1千年を要した。何とも長い苦難の歴史に圧倒される。そしてその歴史を今も物語るのは、イタリア半島沿岸部に多く残される見張り塔、「サラセンの塔」。今は想像もできない安らいだ海がかつて戦いに満ちていた時代があった、その事をこの2冊の著書が教えてくれる。

ローマ亡き後の地中海世界 下巻

塩野 七生著

新潮社刊

3,000円(税別)

2008年12月30日 (火)

英雄なき歴史絵巻 ローマ亡き後の地中海世界 上巻

081230_2 世界に覇を唱えたローマ帝国。ローマの平和が失われたイタリア半島を襲った真の敵はゲルマン民族ではなく、勃興するイスラム、しかしその実は海賊だった。

476年、西ローマ帝国が滅亡して以降、イタリアは分裂の時代に突入した。かつてはイタリア半島に登場した英雄も現れない状況で、国土を蹂躙したのは対岸のイスラムの海賊。彼らは徐々に海を渡りシチリアを制圧、そしてついにイタリア本土に上陸してキリスト教の本拠ローマに迫る。

ローマ帝国の通史15巻を書き終えた塩野七生氏の続編には、史実上の著名な人物はほとんど登場しない。繰り広げられるのは海賊とイタリア民族との抗争、名もなき人物が襲われて拉致され、奴隷として命を落とした悲惨な歴史。

英雄亡き歴史が綿々と綴られていくが、決して退屈しない。困難を克服し、そしてやがてそれを上回る力をつけていく国家権力。しかしその過程の中では罪なき人々が襲われて、生まれ故郷から拉致される悲劇が続いた。そうしたイスラム海賊のイタリアへの襲撃がまさか18世紀まで続いていたとは思いもよらなかった。

イタリアがローマでなくなった苦難の歴史、国家という庇護者が守ってくれなくなった時、人はその身を自分で守るしかなくなった。助けるものなき世界でそれを克服していったのは、名もなき人たちの悲劇の上に積み重ねられたものだった。英雄のいない世界、真の歴史とはそうしたものなのかもしれない。

ローマ亡き後の地中海世界 上

塩野七生著

新潮社刊

3,000円(税別)

2008年4月 2日 (水)

ルネサンスとは何であったのか

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イタリアの魅力を母国人以上に我々に伝えてくれるのは作家、塩野七生。見も心もイタリアに捧げつくしたかのような彼女は年老いても超然としたかっこよさがある。だからこそその文章と共に生き方も相まって魅力があるのだろう。

そんな彼女のルネサンスに関する著作の文庫版第1弾がまさに本質に迫る「ルネサンスとは何であったのか」。

日本人にとって異質のキリスト教芸術にあって、なぜルネサンスだけに惹き付けられるのか。この本ではルネサンスの本質に迫る試みを、二人の会話体によって著述していく。一人の質問に一方が答える、質問形式で綴られていくその世界で、自分もまたいつの間にか学校の生徒の如くルネサンスの世界に迫っていることを感じる。

まずはフィレンツェで宗教的束縛から解き放たれた人間的な考え方が花開き、絵画、彫刻といった芸術が自由を得た鳥の如く大きく世界に羽ばたいた。そして異教の文化として打ち捨てられたギリシャ、ローマの世界が再評価され、それらの遺跡が多く放置されたローまに文化の中心が移る。しかし政治都市でもあったローマは法王権力と世俗の覇者、皇帝権との争いの中で疲弊する。

その後継としてルネサンスの最後の光を放ったのは、経済にこそ自国の生きる道と思い定めたヴェネツィア。権力が一身に集まることを極度に恐れたこの国は集団指導体制を敷き、それを国是としてイタリア国家のどこよりも長く存在した。

ルネサンス、その言葉の響きもまた魅力に溢れているが、日本人でさえもその世界に憧れるのは人間というものの善悪ない交ぜの存在を許容しながら美術への探求、そしてあくなき欲求を抑える自制心が現代と共通するからかもしれない。

現代人からも共有できる精神、それが500年以上も前に発生したことに対する驚嘆、そしてそれを体現する美術的作品の数々、それがルネサンスの魅力に直結している。そんな世界を堪能できる文庫だった。

ルネサンスとは何であったのか
塩野七生著
338p
552円(税別)

2007年11月24日 (土)

幕末の朝廷 若き孝明帝と鷹司関白

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日本史において天皇が政治の表舞台に登場することは古代を除くと極めて少ない。だからこそ天皇家がかくも長く続いた要因でもあると思う。非政治的な立場を貫いたが故に、その時々に応じて権力者達は天皇の力、システムを必要とした。織田信長もそうした一人であり、革命児といわれる彼でさえ天皇制を破壊することはなかった。

そんな日本史の中において天皇が政治力を持つ局面に至った幕末。列強が開国を迫るとき、カリスマ的将軍を必要としない譜代大名による寡頭政となっていた江戸幕府は、新たな権威として朝廷を政治の表舞台に引っ張り出す。

そしてそのときはまだ幕末の志士達は力を持たず、後に明治政府で右大臣となる岩倉具視も単なる貧乏下級公家でしかなかった。時の朝廷にあったのは孝明天皇と、摂家ではあるが天皇家の血を引き30余年も関白職にある鷹司政通。

実力抜きん出て幕府とも協調路線を取る関白に対し、孝明天皇は敢然と戦いを挑み開国阻止、攘夷を幕府に迫っていく...幕末にあって孝明天皇はそうした指導力を発揮したように記述がなされるが、非政治的立場を貫いてきた天皇家にあってそんな突然の転換がなぜ起きたのだろうか。最も環境変化を拒む社会の中心にある人物がそこまで立場を劇的に変えられるのか、という疑問に対してこの本は新たな視点を提供する。

時代劇にあるように、幕末の公家社会は時代の変化にただうろたえるだけではなかった。好む好まないに関わらず、彼らもまた時代の変化に対応せざるをえなかった。そしてその時に朝廷を率いた孝明天皇は決して果断な人物ではなく、周囲への細かな気配りをする優しい人物であったことが史料によって明らかになる。

幕末史の大きなファクターでありながら、語られることの少ない朝廷を扱ったという面だけでも意味のある本だった。

幕末の朝廷 若き孝明帝と鷹司関白
家近 良樹著
中央公論社刊
330p
1,800円(税別)

2007年10月 9日 (火)

スペインの貴公子、レパントの英雄

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長い歴史の中で、一つのことを成し遂げた後に儚くも命を散らした人物に出会うことがある。その偉業を永遠のものとするために、歴史が彼の命を奪ったのかもしれない、と思わずにはいられない人物。日本なら北条時宗などはその一人だろう。蒙古を撃つ為に登場し、それを成し遂げると歴史の舞台から去っていった。

その北条時宗と重なる人物が西洋にもいた。それがこの本の主人公、ドン・ファン・デ・アウストリア。神聖ローマ帝国皇帝カール5世、スペイン王としてはカルロス1世が妻以外に産ませた子供、スペイン王フェリペ2世にとっては異母弟だ。

カトリックの保護者である皇帝が、キリストの教えに背き産ませた庶子ゆえに、彼の生涯は決して栄光のみに包まれたものではなかった。幼くして家臣に預けられ、秘密裏に育てられ、父とは正式な名乗りを交わすことなく、父の死後ようやく兄王フェリペによって認知される。しかし正統な王家の一員として認められることはついになかった。彼はついに「殿下」と呼ばれることを許されなかった。

しかし彼はカルロス王の息子という誇りと宗教心を胸に、戦いの場へ身を置いていく。そして時はイスラムの雄、オスマン・トルコとの対決が避けられなくなった歴史上の分岐点、その頂点がレパントの海戦だった。24歳でカトリック連合の総司令官になったドン・ファンはこの戦いに勝利、西洋世界の救世主として栄光の絶頂に立つ。

しかし若くして絶頂に立ったドン・ファンに残されたステージはなかった。王の子として一国を支配したい思いに駆られようとも、兄にはそんな気は微塵もない。やがて新たな戦いの場、オランダに送られるもそこは華々しい戦いが繰り広げられる地ではなかった。そしてやがて病に倒れ31歳の命を散らす。

日本では必ずしも知名度は高くないが、ヨーロッパでは華々しい戦歴と夭折の悲劇によって、その名は伝説化している。近親結婚が災いして歴代の王とも美男とは言いがたいハプスブルク家にあって、彼のみが絶世の美男子といわれるのは妾腹ゆえだろうか?

この本はそうしたファンの一生を初めて平易に物語風に紹介した本だ。所々で作者がファンの生涯を訪ねたスペインの旧跡でのエピソードをちりばめている。王国が絶頂から衰退に入る中で最後の英雄伝説を花開かせたファン、それ故に彼は歴史に殺されたのかもしれない。

スペインの貴公子 ファンの物語
西川和子著
彩流社刊
256p
2,000円(税別)

2007年8月27日 (月)

「弱い父ヨセフ」キリスト教における父権と父性

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イエス・キリストは聖母マリアから生まれた。そしてその傍に寄り添いながらも影の薄い存在、ヨセフ。マリアと結婚しながら、自らの子ではない「神の子」イエスを育てるだけの存在を強いられた彼だが、いつの間にか聖人として大きな存在になっていく。

聖人の中で彼は特に奇跡を起こしたわけでもない。何かの教えを残したわけでもない。聖書でもその記述は少ない。キリストの父は神であり、その点でヨセフの存在自体がキリスト教の教義においては扱いづらいものであった。父でなく、単に大工であった彼をどうして聖人とできようか?

しかしそんな地味な彼の姿が自体と共に信仰の対象となっていく。それはむしろ近代、家族のあり方が問われる時代になって、献身的に聖母子を黙々と支えた彼の姿が、あるべき父の像とあいまって修道女たちの熱烈な信仰を集める。神格化したマリアと違って、ヨセフには人間的な魅力を感じた。だから強権的でない信仰の対象として、ヨセフはキリストの「父」としての地位を獲得していった。

本書ではあまり触れられることの無かったヨセフの宗教的地位の変遷について、豊富な例と共に説明している。決して宗教的な教義の説明に凝り固まったものでないので、宗教画の歴史を考える上では参考になるところの多い、読みやすい本だった。

「弱い父」ヨセフ キリスト教における父権と父性
竹下節子著
講談社刊(講談社選書メチエ395)
224p
1,500円(税別)

2007年8月14日 (火)

地図で読む世界情勢

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地政学という学問がある。地理的な位置関係から国際情勢を読み解こうとする学問だが、そんな世界の一端をわかりやすく解説してくれているのがこの本。

フランスの地政学者、ジャン・クリストフ・ヴィクトルによるこの本は2巻構成。まず1巻目は「なぜ現在の世界はこうなったか」と題して、今の国際情勢における焦点としてアメリカ、ヨーロッパ、中東、アフリカ、アジアそれぞれの状況を豊富な地図と共に解説している。

しかし作者は決して地図に全幅の信頼を置くわけではない。地図自体はいくらでも情報の扱いによってその表現を帰ることが出来る。操作の対象となって現実を見えにくくしてしまうことも可能だというわけだ。

だからこの書はすべての疑問に答えてくれるわけではない。考え方に一つの見方を提示しているに過ぎない。この本を読んで国際情勢を理解することは不可能であることをまず認めるべきだと説く。

それでも豊富な地図と共に語られる内容は、確かに地理的な要因が国際情勢に大きな影響を及ぼしているという現実を十分理解させてくれる。そんな例を二つ。

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_xz8apnj_sアフリカ、インド、オーストラリアの中間に位置するディエゴ・ガルシア島。イギリス領だがアメリカに基地として貸与されている。人口5千人だが原住民は一人もいない。全て退去させられた。この小さな島がアメリカにとって世界戦略の需要な拠点となっている。


F8sqyw1c カリーニングラード。ここはバルト三国の独立によって生じたロシアの飛び地。ロシアの対EU戦略における「楔」として、ヨーロッパにおいては日本では考えられないくらいの関心を持った地域となっている。


こんな事はこの本を読むまで知らなかった。単純な知的興味を満たしてくれる本としても読みやすい、とっつきやすい本になっていると思う。

地図で読む世界情勢
 第1部 なぜ現在の世界はこうなったのか
 (第2部 これから世界はどうなるか 続刊)
ジャン・クリストフ・ヴィクトル 共著
草思社刊
160p
1,600円(税別)

2007年4月19日 (木)

源氏物語の時代

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時は平安時代、藤原氏全盛の時代、天皇はその権力の影に忍ばざるを得ない時代...

教科書の歴史観ではそのように思えても実際はそうじゃない、時の天皇は藤原氏との関係に苦慮しながらも愛のある生活を送ったのだ。当時の天皇の人間性に焦点をあてながら、紫式部や清少納言との関係、そして時の権力者藤原道長との相克の仲で、優しい文章で当時の関係を解きほぐしながら語ってくれているのが本書。

主人公は一条天皇で母は勿論藤原氏。愛したのも藤原氏の血を引く定子(ていし)。しかし定子の一族は権勢を失い、やがて弟筋の藤原道長の世に。そして道長の娘、彰子(しょうし)が入内し、天皇はこの二人の后との関係に思い悩む。

当時の天皇の力量は、複数の后に対して実家のことも思いながらその関係を維持しつつ政治力を保つことだった。そして一条天皇は心では身の置き所なき没落寸前の一族を持つ定子に愛情を抱きながら、「望月」の一族を背景に抱く彰子とも関係を保ちつつ、定子が世を去るとその身も30代半ばで世を去る。

彰子は長寿を享受し、藤原氏権力の終焉まで見届けることになるが、彼女も一条天皇の愛情を受けていたという誇りと共に天皇の母として世を生き抜いた。

二人の女性がそれぞれ一条天皇を支えとして生き抜くその姿は、単に権力闘争という言葉ですます事は出来ない、人としてのあり様が潜んでいるように思える。

2007年3月22日 (木)

待賢門院璋子の生涯

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もし「昼メロ時代劇」というカテゴリーがあるなら、扱ってもらいたい題材が2つある。

まずは古典「とはずがたり」。鎌倉時代中期、政治から遠ざけられた宮廷を舞台に、著者後深草院二条が思い人に思いを寄せながら、時の治天(天皇家の家督者)後深草上皇の寵愛を受け、同時に弟亀山天皇との愛も交わす、かなりきわどい内容。主役はやっぱり米倉涼子か?

もう一つは物語はないが、この本の主役待賢門院璋子(たいけんもんいんしょうし、たまこ)の生涯だ。彼女は二条のように積極的に愛に生きたとは言いがたい。時の権力者白河上皇の幼女として愛されながら、やがてそれが寵愛へと進み、そして上皇の孫、鳥羽天皇に嫁ぐと皇子を産んだ。それが崇徳天皇。

かねてからこの崇徳天皇はいったい誰の子か?という疑問があった。鳥羽天皇自身が彼を「叔父子」、つまり父堀河天皇の異母弟であり、同時に自分の子と呼んだように、今では白河天皇の胤ということが定説になっている。

この本の特色はその事実を璋子の行動と月事を照合しそれを証明するといった、一人の人物の生涯を言葉は悪いが執念深く、丹念にあぶりだしたその筆致にある。

待賢門院璋子の存在は実は歴史に大きな影響を及ぼしている。崇徳天皇は自身の出生の秘密によって鳥羽天皇に疎まれ、長男でありながら息子を皇太子にできず、ついに保元の乱を引き起こし配流された後、死して日本歴史上最強の怨霊となって後世に影響を及ぼすこととなった。

そして璋子の子はもう一人天皇となっている。こちらは日本歴史上最強の大天狗、平清盛や源頼朝さえも手玉に取った後白河天皇だ。

彼女自身が歴史を築いたということではなかったから、その人となりも普通ならうかがい知ることはなかっただろう。しかし、その人生に興味を持った歴史家の執念によって、その生涯を克明に知ることができるのは一つの偶然と言えるだろう。

朝日選書281 待賢門院璋子の生涯 椒庭秘抄
角田文衛著 朝日出版社刊
349p 1,400円

2007年2月25日 (日)

盗聴 2・26事件

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普段の生活では、第三者から覗かれているなんて思いもしない。ましてこんな本を読んだ後でも、今の日本でそんなことがあるはずはない、と一種安堵の気持ちを感じてしまうが、果たしてそう言い切れるのか...

以前NHK特集で2・26事件の傍受に関する番組があったのは記憶していた。そこで繰り広げられる雑音に混じった当事者の声、その中でも首謀者とみなされた北一輝の「マル、マル、カネはいらんかね」という声と、反乱軍を率いる将校の「ええ、まだ大丈夫です」という声は耳に焼きついた。実はあの放映から28年経ったという。それでもあの番組の印象は、ちょうど自分が歴史好きになっていく過程でもあり強く刻まれたんだろう。同時に疑問もあった。いやしくも革命の精神的指導者と仰がれるような人物が「カネ、カネ」と下品な表現を使うのか?と。

この本はそのときの制作に携わった中田氏が、それから発見された新事実をもとに、盗聴の経緯と、当時はわからなかった電話の声の主、そして作者も疑念を抱いていた北一輝の声の正体についても語っている。やはり制作者もあの声には少なからず疑いを持っていたのだ。

当時の証言者が世を去り真実が時と共に闇に沈んでいく中で、2・26事件もまたすべての真相が明らかになることはない。しかし、こうしてそのときの盗聴記録が世に残り、かつ当時の司法官が残した記録や資料と比較をしながら、少しずつ真相を浮かび上がらせていく執念のようなものを感じさせ、当時の番組の記憶もよみがえらせてくれた。

しかし28年前の番組で他に覚えているほど印象深い番組ってなかなかない。当時は鈴木アナの「歴史への招待」も見ていたが、それにしても年取ったなぁ、と思わずにはいられない。

2007年2月11日 (日)

暗闘 スターリン、トルーマンと日本降伏

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題名の通り、太平洋戦争で日本がポツダム宣言を受諾して降伏するまでの外交の駆け引きを綴った著。500ページを越すボリュームだが、そこにはアメリカ、ソ連そして日本が少しでも自国に有利な条件を引き出そうとする駆け引きが、綿密にかつ息詰まる切迫感とともに語られていく。

この書籍の主役はスターリンだ。実際の交渉は外相モロトフが行ったにせよ、すべての筋書きはこの猜疑心に満ち、権力を得る課程で恐ろしいほどの狡猾さを身に付けた独裁者が描いたものだった。彼はあくなき領土欲を満たすために、日ソ中立条約をいかにして利用し、そして破棄するタイミングを考え抜いて実行に移していく。外交とはかくも非常なものかと思わずにいられない。この前では国際親善、などという言葉は所詮絵空事のように思えてしまう。

日本が降伏を決意したのは原爆投下ではなく、ソ連の参戦だったという著者の主張は納得できる。それまで和平の唯一の仲介者だと思っていたソ連が中立条約を破棄して宣戦布告してきた、当時の日本の指導者にとってこれほど茫然自失にさせられる事件はなかっただろう。

もはや最後の望みが失われた今、無条件降伏しか道はなかった。いや、それでも最後の最後まで日本政府内では受諾についての葛藤が続いた。そしてそれが北方領土問題の原因となっていく。

多くの人物が登場するので、読みながら整理が難しい。しかし大著だがドキュメンタリータッチで、一気に読み終えることができた。

2007年1月11日 (木)

殴り合う貴族たち

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天皇が孤独のうちにある時、その臣下たる貴族たちは殴り合っていた。有る者は袋叩きにあり、有る者は首をとられ、そして時には天皇までもが殴られた!?

先に紹介した「天皇たちの孤独」の著者繁田信一氏の前著。いずれも実はある貴族の日記を基にしている。それは藤原実資(さねすけ)の日記「小右記」

「小右記」とは今でいうと「小野宮に住んでる右大臣の日記」ということで、右大臣といえば廷臣の第3位。その当時の上官は左大臣藤原「満月」道長。

実資は右大臣ではあるが、本流とは外れていた。だからこそその学識と資質をもって、道長さえも一目置かざるを得ず出世を果たした人物。だからこそその日記は時代を冷静に見る目にあふれているのかもしれない。

王朝貴族はおとなしい、和歌や雅の世界に生きたものではなかった。時には暴力団真っ青の、鉄砲玉を敵に向かわせるようなことも平気で行ったことがよくわかる。

時代が変わっても、人間のすることって極論あまり変わんないのか、と感じさせるナマの歴史書として面白い。

天皇たちの孤独

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天皇が、孤独?しかも平安時代の、きらびやかな源氏物語の世界の天皇が??

藤原氏が娘たちを競って天皇に嫁がせ、そして皇子を生ませて外戚となり摂政関白となって政権を握っていた時代。その中で天皇は単に女官や廷臣たちにかしずかれて、チヤホヤされて生活したわけではなかった。そんなキラキラした時代じゃなかったことをこの本は教えてくれる。

「明日もまた誰もおらんのだろうか」最高権力者、のはずの天皇が漏らす声が本当に聞こえてきそうだ。王朝時代だって生きてたのは人間なんだから、いかに装うとも、どんな階層だろうと、昼メロのようなドロドロの世界がある。それが当たり前なんだと改めて認識させられる。

著者の繁田信一氏は平安時代を人間史として描いて非常に面白い。最近出版も多く、単なる王朝絵巻に飽き足らない方にはオススメする。

平安時代だって、ドロドロだったんだからね。当たり前だけど。

大審問官スターリン

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20世紀の独裁者といったら、まずはヒトラーが思い出される。でも、長期にわたり政権を維持し、唯一者として君臨し、国外の人間にも影響を及ぼしたということからすれば、スターリンこそがその人ではないかと思う。日本人にとってもスターリンの影は、今の北方領土にしろ、ロシアとなった今でもその強権的な姿勢など時折想起される。

この本は「政治家」スターリンが至高の存在として、芸術家たちに及ぼした圧力と、それに抗し、または屈した芸術家たちの格闘の物語。

それは単に「政治家」が「芸術家」を弾圧した歴史ではない。悲劇はその「政治家」が自信に満ちた万能の存在ではなく、万能には程遠い疑心暗鬼に駆られた人間であったこと。

「万能でない」独裁者が万能を装うために、才能を持つ芸術家たちがどのような生き方を強いたのか、本書は客観的につづっていく。

読後の感想はただただ「重い」。今の日本では想像のつかない世界。表現の自由というものがいかに貴重であるかということが認識させられる。

スターリンを「一人の」人間として描き出す著者の思いも感じられる。ただ、当時の歴史に詳しくない人間が読むには、それぞれの章のつながりが読み取りにくいので読了するにはかなり苦痛だ。書いてる自分もその一人で、読むのにはパワーと重々しさに耐えうる忍耐が必要。

2007年1月 6日 (土)

ローマ人の物語XV ローマ世界の終焉 塩野七生著

単純に15年間、一つのテーマを追求しそれをやり遂げる姿勢に感動してしまう。それも日本人が他国の、しかもローマ史という分野で成し遂げたことに対して。もはや著者を日本人と呼ぶことにも躊躇してしまうが。

カエサル、オクタヴィアヌス、ネロ、カリグラ、五賢帝以降のローマ史は馴染みが少ない。事実、巻が進むにつれて読むことに対する疲労は増していったが、だからといって愉しみが減じたわけではない。むしろ知らない人物に遭遇する楽しみは増していった。

繁栄を誇ったローマがいかにして滅んだか、衰亡の歴史への興味は人をひきつけてやまない。しかし著者はローマがなぜかくも長く生き続けたのか、その中で努力をし続けた人々の格闘の歴史を冷静に記述していく。自分の力だけではどうしようもない中で、それでも抗うように最後の力を振り絞る人々の姿に共感せずにはいられない。

しかしあっけなく滅ぶローマ帝国。その後も著者の記述は
続く。歴史は学校で教わったような年表ではなく、連続していくものだから。そして地中海を内海としたローマの意識が消えた時点で著述を終える。

しかし15年か。単純に読み始めた年から15年経ったのか。読了して正直その方がショックでした...