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カテゴリ「クラシック」の20件の記事 Feed

2010年7月20日 (火)

チャイニーズ・パワーの無限の力 ユンディ・リ 夜想曲(ノクターン)

100718yundiliクラシックのカテゴリーの中では、自分はピアノ曲、それも王道のショパンが好きだけど、生きている演奏家の中で最も脂が乗っていると思えるのは、この中国出身のピアニスト、ユンディ・リ(李雲迪)を挙げたい。

元々ショパンコンクールで優勝して世界の舞台に出てきたので、このショパン作品集は満を持しての登場と言ってもいいかもしれない。前作プロコフィエフのピアノ協奏曲第2番では、あまりやりすぎると大仰で下品になりそうな題材だったが、オーケストラの大音響と向こうを張るほどの熱情的な演奏でありながら、音色の張り、艶を失わず、張り詰めた氷の上を渡るかのような緊張感を保っていた。その才能はこの本領のショパンでも間違いなく生きている。

若いけれど、テンポはゆっくりして決して勢いに任せて走ることはない。語るよう、呟くような曲想だが、音色は明瞭かつ艶やか。28歳でこの落ち着きを演じられることに驚きを感じずにはいられない。夜にワイン片手に堪能するCDとして、最近これ以上のものはないし、実際に愛聴盤として聴き重ねても全く飽きることがない。

ルックスが派手な演奏家はいくらでもいるが、演奏に実を伴ったアーティストとして自信を持って言えるのは彼くらいのものだ。この先彼がどれほどの高みに達するのか、興味は尽きない。

ユンディ・リ

ショパン ノクターン(夜想曲)全集 2枚組

3,200円

2009年10月22日 (木)

駆け下る旋律の衝撃 グレン・グールド「月光」

091020ピアノの独奏曲の中で最も好きなのは、ベートーベンの「月光」。CDも何枚か持っているが、それぞれに共通するのは第一楽章のゆっくりとした入り。第一楽章はAdagio sostenuto、直訳すれば「ゆっくりと、かつ支えられるように」となるだろうか。月の光が徐々に差し込みながらも、それらを包み込む変わらぬ夜の闇、そうした情景を思わせる演奏。

しかしこのグールドの演奏は明らかに違う。他の「月光」に比べるとテンポがかなり速い。何かに終始追われているような、急き立てられる居心地の悪さを感じる。

グールドはバッハ弾きのピアニストとして評価が高い。従って、この「月光」に関しては批評家受けも良くないし、さほど人気のある盤とは言えないようだ。しかし、第3楽章のPresto Agitato、やはり直訳すると「急激にかき乱して」という指示をこれほど真正面に表現したピアニストはいないのではないかと思うほどの激しいテンポは、一度聞くと耳に残って離れない衝撃的な演奏だ。ジェットコースターの頂点から一気にかけ下るときのような感覚!

この異質な演奏がベートーベンの名曲、「月光」の最高傑作とは素直には思えないが、しかしこうした表現、特に第3楽章は実は作曲者自身が真にやりたかったことなのかもしれない。そう思える印象に残る演奏を聴かせてくれる1枚だった。

ベートーヴェン ピアノソナタ 「悲愴」 「月光」 「熱情」

グレン・グールド 

1966年~1967年演奏

2009年8月22日 (土)

大自然に抱かれるような音楽 ブルックナー 交響曲第8番

090807_2 結構いらちな自分だけに何でも長いのが苦手で、会社関係の飲み会で二次会、三次会ってのはかなりの苦痛だ。

音楽でもそれは顕著。クラシックで王道の交響曲よりも小品、ピアノソナタ、短い曲の方が性に合っている。

それでも交響曲はやはりクラシックの魅力が詰まっているだけに避けては通れない。そんな交響曲の中でも最近ハマったのはブルックナーの作品。

モーツアルト、ベートーベンのような激しさはないが、聴くほどに染みてくるのが不思議なブルックナーの魅力だ。その中でもこの交響曲第8番は吸い込まれるような魅力にあふれている。交響曲としても長い作品だが、決して聞き飽きない。聴いていると、次第に自分が険しい山の頂に上っているような征服感に誘われる。

ブルックナーと言えば、大阪が誇る大指揮者、朝比奈隆が思い起こされるが、このCDはギュンター・ヴァントとベルリン交響楽団によるもの。地から湧きあがってくる力強さの中に、抑制された緻密さが感じられ、厳しい大自然の印象が音楽に染み渡っている。まさに珠玉の芸術だ。しかし、朝比奈にしろ、ヴァントにしろ、ブルックナーの評価が上がったのは80歳以降の演奏、やはりこの深遠な世界を知るには年月が必要なのだろうか?

ブルックナー 交響曲第8番

ギュンター・ヴァント指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

2009年6月13日 (土)

悲しいか? チャイコフスキー交響曲第6番 悲愴

090612 クラシックが嫌いな人でも一度は聞いたことがある名前のはず。ロシアの作曲家チャイコフスキー。彼が作曲した交響曲の中でももっとも有名と思われるのが第6番、副題「悲愴」。

有名な割には何故か評価の低いチャイコフスキー。批評家にとってはこの種の劇的な音楽ってのはあまり評価できないようだ。ベートーベンでもとびきり楽しい第7、のだめで有名になったあの曲も、第5「運命」、第6「田園」、第9などと比べると一段低く見られている感じは否めない。聞いてみると、強弱のメリハリ、聞いていても少々恥ずかしくなるくらいに甘く流れるような弦楽の響きを効かせる場面があったと思えば、急に管楽器を力強く鳴らすような所もあったりで、こうしたわかりやすさみたいな所が評論家さんの嫌うところなのかもしれない。

そんな評価はさておきこの「悲愴」、題名から感じられる悲しい、暗い曲と思って聞くと、実はそうでもない。確かにそうした一面もあるが、ただ苦しさ、苦悩といったものだけではなく、未来への希望を失わない明るさを感じる場面も多い。

この曲がかつて最高の場面で使われた映画があった。それは松本零士氏の「さよなら銀河鉄道999」で、メーテルが生まれ故郷のラーメタル星に残り、地球に向かう星野鉄郎と永遠の別れをする場面でこの交響曲の第一楽章の主題が効果的に使われていた。愛する人との離別、それがこれから続いていく未来に向かう旅立ちでもあると納得する主人公の心情にうまく合致していたからこそ、このシーンは今まで記憶に深く刻まれたのだろう。

今でも日本人が好きな交響曲の中で上位に入るこの曲、それは単に悲しみだけではなく、悲しみの後にこそ見出される希望が表現されているからに違いない。だからこそ何度も聴いてみたくなるのだと思う。

チャイコフスキー 交響曲第6番 「悲愴」

エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮 レニングラード交響楽団演奏 

2009年5月30日 (土)

名ピアニストの世界に酔う...アルゲリッチ

090529とある日にマルビル下のタワーレコードに寄って、何気なく見ていたらふとこのCDが目に入った。7枚組で3千8百円?程度だったと思うが、いつもならこういう安い盤はあまり興味が沸かないんだけど、今回は違った。演奏者はマルタ・アルゲリッチ、文句なく世界最高のピアニストの1人だ。

ピアノのCDって結構好きなんだが、実はその理由はあんまり長くないので飽きずに聞けるってことがある。交響曲のような長い曲は聞く方もある程度の体力、いや耐力が必要だけど、その点ピアノはそんなに苦にならない。それに音色も華やかだし、何よりピアニストによって曲想も全然違うので比べるのが楽しい。

自分が好きなピアニストはルービンシュタイン、ポリーニ、キーシン、ツィマーマン、ユンディ・リー、そしてこのアルゲリッチ。それぞれ違いがあるけど、アルゲリッチは正確だけど型にはまらない奔放さも持ち合わせているので、聞いていて油断が出来ない。

そんなアルゲリッチの世界を7枚組で4千円足らずで楽しめるとは。。。幸い手元になかったCDばかりだったので、速攻で購入。今は夜の酒の肴の一つとして楽しんでいる。良い音楽と良いワイン、これもまた至福の時。

2009年4月25日 (土)

80年の時を超えて香る弦の響き カザルス・トリオ「大公」

090405_2言わずと知れた名盤中の名盤なので、ここで紹介するのもどうかとは思うんだけど、久々に聞いてやっぱり凄いと改めて思った。

先日自宅のワイン会にお招きいただいたM夫妻の奥さんがオーケストラでバイオリンを演奏されるということで、その日も音楽関係のお客さんが多く来られていた。で、そんな所に触発されてのCDを取り出して聞いてみた。

ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第7番、「大公」。演奏するのは史上最高の三重奏団、カルザス・オリオ。なんと1926年の演奏が未だにこの曲の最高評価を得ているところが凄い。

しかし聞いてみればそれも納得する。確かに雑音も多い録音で最初は古さが気になった。しかし聞きすすむにつれて、そんなことは全く忘れてしまう。ただ、艶のある弦楽の響き、パブロ・カザルスの豊かなチェロの音色がこのチャーミングな音楽に豊かな潤いをもたらしている。そしてそこにジャック・ティボーのバイオリン、アルフレッド・コルトーのピアノが加わり、お互いのバランスを計っている息づかいが聞こえてきそうなほどの迫力ある演奏だ。

今まで聞いたCDの中でもこれほど美しいと思える演奏にはなかなかないし、最も繰り返し聞いてきた1枚だが、今でも全く飽きることがない。最良の音楽が80年の時間を超えて今もここにある奇跡に改めて感動。

2008年1月 3日 (木)

のだめも感動 ベートーベン交響曲第7番

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新年を飾る1曲はこれにした。クラシックだけどベートーベン交響曲第7番。

心躍る曲ってこういう曲を言うんだろうか。これをあのネクラのイメージが強いベートーベンが作ったというのが驚き。これを作曲したときのベートーベンは既に耳の病気が悪化し、しかも40歳。前途への不安が増しこそすれ、決して経ることはないはずなのに、5番「運命」を境にして彼の音楽は吹っ切れたように高みへと登っていく。そしてこの7番はウィーンのニューイヤーコンサートのようにめくるめく舞踏会を思わせる快活さ。

「運命」「田園」のようなニックネームもないこの曲の素晴らしさを知ったのは、恥ずかしながら「のだめカンタービレ」。急ごしらえのオーケストラがクライマックスで明るく伸びやかに、かつ奔放に踊るが如く演じた曲目がこれだった。

5番「運命」で完璧なまでに濃密で内向的な音楽を構築したベートーベン。オペラのような華やかな祭典的音楽は全く不得意であった彼が、なぜここまで楽しい心沸き踊る交響曲をこの時期に作り得たのか?それはまさしく奇跡なのかもしれない。しかしその高揚はまぎれもなく、最高傑作「第九」の極みにと繋がっていく。

音源はサイモン・ラトルの全集。評判はカルロス・クライバーが高いようだが、ラトルもまた軽快にテンポ良い演出で聞かせてくれた。正月にはうってつけのミュージック!!

2007年12月 9日 (日)

1205 ヴェルディ・レクイエム本番

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12月5日はかねてから練習していたヴェルディ・レクイエムの本番。場所は福島のシンフォニー・ホール。同じ曲目でこのホールに立つのは約10年ぶり。今回は関西フィルだが、当時は大阪フィルだった。

仕事の都合で前日、前々日のオケ合わせに参加できず、当日のゲネにも間に合わず、いきなり本番に飛び込むことになった。舞台に立って思ったのは「こんなに近かったっけ?」という事。客席との間がものすごく近く感じた。

7時開演。まずは厳かに始まる「キリエ」、そして静寂の中で怒涛の如く始まる「ディエス・イレ(怒りの日)」。指揮をする藤岡幸夫先生の情熱も熱く伝わってくる。

イタリアのオペラで名を成したヴェルディだけにこうした激しい曲が聴き所のように思えるが、歌ってみて実際に美しく陶酔感も覚えるのは弱音の部分だ。特に「ラクリモーザ(涙の日なるかな)」「アニュス・ディ(神の子羊)」などで展開するピアニッシモの調べは歌っていると引き込まれてしまう。

そして最後の「リベラ・メ(我を許したまえ)」では人々の叫びと思いが交錯するように展開、終章では
「ドミネ、ドミネ、ドミネ、リベラ、リベラ、リベラ、リベラ・メ(主よ、主よ、我らが主よ、救いを、救いを、救いの手を、我らに救いを与えたまえ)」
の絶叫が鳴り響く。

お客さんは約1,500人とほぼ満員状態だった。珍しく合唱の後ろの席にも入っていたようだ。きていただいたお客さんには本当にありがたかった。

全般的には好評だったが、高揚していたせいか合唱が走ってしまった部分、強音と弱音のメリハリの薄さ、あと発音の不明瞭さという点では課題もあったと思う。当日の打ち上げでは近くの中華料理屋満杯状態で褒め言葉が飛び交っていたが、今後を考えればそうした反省も必要だと思う。自分でも課題を感じるコンサートとなった。

しかしいずれにしても半年間やってきたものが結実したのは嬉しい。大観衆の前で歌える事は何物にも変えがたい機会であるのだから。

2007年11月25日 (日)

関フィル 藤岡先生との練習

Wz1axucs 土日は12月5日に公演するヴェルディ・レクイエムで指揮をする関西フィルの常任指揮者、藤岡幸夫先生との練習で弁天町に出向く。毎日3時間、いつもの団での練習とは違う緊張感に包まれての練習。


指揮者の藤岡先生は今年45歳だけど、とても若く見えてイケメンという言葉がピッタリ当てはまる。バーゼルに行った中田浩二が年取るとこうなるんだろうな、といった雰囲気のチョイ悪オジサンという感じだ。しかし指揮を始めると顔つきが厳しく変わる。さすがプロフェッショナル。

でも口調はおもろいなぁ。東京生まれのはずだけど、関西っぽい雰囲気満載だ。でも結構横文字コメントが多かった。

「他のパートと愛し合わなきゃ。」
「OK、マッチベター。」
「エブリバディ、わかった?」


別にルー大柴のコメントじゃないよ。時折笑わせて緊張をほぐしてくれているんだろう。

でも再三注意されたのは音程重視、コントラスト(ピアニッシモとフォルテの部分、いわばメリハリ)、相手のパートを聞いて支えるべきところは支える、そうした一体感ということだと思う。いずれもコーラスで大事なことだ。

自分だけが気持ちよく歌う場ではない。ソリストじゃないんだから。ヴェルディのレクイエムはフォーレやモーツアルトと違って劇的でオペラ的と言われるけど、実は新の美しさは弱音、ピアニッシモのパートの旋律の静謐さ、無垢さにあると思う。過度のヴィブラートはいらないという指示もそうした所を再現したいと思っておられるのではないかと思う。

曲想に思いを致すことも重要だ。ただしアマチュアにとっては楽譜だけではわからないのも現実。こうしたことはプロだからこそ誤解を恐れず言えることなのだろう。

「ヴェルディは元々農民だったんです。そして彼は実生活では女性との間に不義を重ね、自分がやがて地獄に落ちると思っている。この終曲の『Libera Me(我を許したまえ)』はそうした思いもあるわけだから叫ぶくらいでいいんです。もっと泥臭くていいんですよ。」

公演まで残り10日ほどだけど、この土日の注意を思い返して、CDも聞きつつ当日までもう一努力したい。「マッチベター」でなく「ベスト」と言ってもらえるように。

公演は12月5日(水)18時開場19時開演、大阪福島のシンフォニーホールです。よろしければお運びください。

関西フィルの公式HP
http://www.kansaiphil.jp/

藤岡幸夫先生のHP
http://www.sachio-fujioka.net/

2007年9月21日 (金)

ユンディ・リ/プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番 

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中国人ピアニスト、ユンディ・リ(李雲迪)にとって2枚目の協奏曲は、かなり変わった選曲になった。ベルリン・フィルとの初共演に選んだのはプロコフィエフのピアノ協奏曲第2番。

殆ど演奏されないこの協奏曲、このCDで初めて聴いたが、なにかサスペンスというか、映画音楽のような劇的な音楽で、攻撃的な内容だ。曲に合わせて、ユンディ・リのピアノもいつになく激しく、一音一音が鍵盤を叩きつけるかのような迫力にあふれている。それでいて音色は冷涼でクリアだ。

特に第一楽章、序奏部の高音で金属的なピアノの音色がやがて渦巻くように激しさを増していく。聞いていると不安や焦りの感情が吹き込まれていくようだ。そしてどこか田園に抜け出たような穏やかな音楽に変わったかと思うと、奇妙なロンドが鳴り響き、何か魔術にかかっていくような気持ちにさせられる。例えるならファンタジーものの映画音楽の世界に似た雰囲気だ。

再び静けさがやってきて、序奏部の主題が繰り返される。そして次第に最初よりもスケールの大きなうねりのようなピアノの旋律とともにんどん渦の中へと巻き込まれ、ついにオーケストラの大音響が全てを飲み込む。そしてそれも潰えると、再び静かな序奏に立ち戻る。

協奏曲といいながら、第一楽章は殆どピアノの独奏で、ピアノが全てを語り、支配する。劇場的な音楽は舞台晴れすることだろう。ユンディ・リが晴れ舞台でこの曲を選んだのも聞いてみてなるほど、うなずけた。

新しい録音で音もクリア。透徹な音色と劇的な音楽との奇妙なミスマッチを楽しめるCDだ。


プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番
ラヴェル ピアノ協奏曲 ト長調

ユンディ・リ
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:小沢征爾
 

2007年9月17日 (月)

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第1番

0ummr_rj 少し前、9月1日に西宮にある兵庫県立芸術文化センターでピアノのコンサートがあった。ピアニストは阿部真理子さん。自分が所属する合唱団の伴奏をしてくださっている。いつも的確に音取りで欲しい音を出してくださる、指導者としてもすばらしい方だ。このときのコンサートは20周年記念で、ロシア音楽をとりあげられていた。

・ショスタコーヴィチ チェロソナタ ニ短調 作品40
・ラフマニノフ ピアノ協奏曲第1番 嬰ヘ短調 作品1

ラフマニノフのピアノ協奏曲は当然オーケストラと演奏されるものだが、ここではピアノ2台での演奏だった。オーケストラ伴奏を妹さんの阿部信子さんが担当、息のあった演奏を聞かせてくれた。

ラフマニノフのピアノ協奏曲は2番が圧倒的な人気で、次が3番、1番は殆ど演奏されることがない。4番に至っては失敗作の烙印を押されているようだ。僕自身も2番は大好きで、たぶんベルレクに次いで最もCDを聞いた曲だ。しかし1番もダイナミックでなかなか良かった。帰り際に買って聞いてみようかと思ったが、よくよく考えるとCDを持っている事に気がついた。

T4jiciw7_s指揮は小澤征爾、ピアニストはツィマーマン。ラフマニノフのピアノ協奏曲第1番&第2番のカップリング。2番を聞くために買ったので、すっかり忘れていた。哀感漂い聞いていると苦しくなってくるような2番に比べると1番は勢いに任せた疾走感がある。このCDの2番はあまりにも淡々とした演奏で情感に乏しく好きになれなかったが、むしろ1番は子気味良いテンポで演奏されていて、ストレートなこの曲に合っている感じがした。


自信もピアノ弾きだったラフマニノフ。ピアノ演奏家にとっては思い入れのある作曲家であろうし、そんな作品を演奏できることは羨ましい限りだ。遅ればせながら阿部先生、お疲れ様でした。今後はまた合唱でのご指導よろしくお願いします。

2007年9月14日 (金)

関西フィル モーツァルトの演奏会

Ke6taxc0 関西フィルの演奏会に行ってきた。指揮は宮本文昭氏。元々オーボエ奏者で、演奏家としての経歴にピリオドを打って指揮者をはじめ、音楽プロデューサー、後進の指導と新たな道を求めたとのこと。指揮者としては関西初登場。


Podvcfjk 開場は京橋、OBPにあるいずみホール。ここに来るのは初めてだ。シンフォニーよりは小さいが、その分雰囲気が和やかで重々しさを感じない。室内楽、ピアノ演奏会などにはこうした規模の会場のほうが好ましい。あといすのすわり心地がやわらかで気持ちがいい。シンフォニーホールはどうも堅いので、長い演奏会だと結構しんどくなる気がするのは僕だけか?


今日の演目(アンコール除く)は全てモーツアルトだった。
・歌劇「フィガロの結婚」序曲 K.492
・ピアノ協奏曲第9番 変ホ長調 K.271「ジュノム」
・交響曲第40番 ト短調K.550
(アンコール)
・シューマン 「子供の情景」op.15よりトロイメライ
・モーツアルト 交響曲第40番 第3楽章

フィガロの序曲はおなじみで、何時聞いてもわくわくする軽快な内容で、これを最初に持ってくるのはまさに指揮者の観客に対する明快なメッセージだ。「堅くならないで、楽しみましょうよ。」そういえば、演奏の前、10分間は指揮者に直接インタビュー形式で今日の演奏に対する思いを話してもらうコーナーがあった。

ピアノ協奏曲は若いピアニスト松本和将氏との共演。この曲を聴くのは初めてだが、若々しくチャーミング、かつロマンティックな曲だ。指揮者もピアニストもどうやらこういうロマンティックな曲が得意と見える。ピアノのタッチも軽く滑らかだった。

交響曲もおなじみの40番。やはり名曲だと思う。演奏は若干早めで、もうすこしたっぷりと演奏してもいいんじゃないかと思ったが、音の輪郭はしっかりしており、引き締まったスタイリッシュな演奏だった。

Vdkudlhz ピアノとオーケストラのアンコールそれぞれ1曲を含めて、非常に力の入った満足できる演奏会だった。拍手も非常に多く、いずみホールの観客の皆さんはマナーも素敵でいい雰囲気のコンサートだった。12月はこの関西フィルとヴェルレクで共演できるので、非常に楽しみ。

2007年8月 9日 (木)

スペインの華 サルスエラ

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スペインの民族的音楽といえばフラメンコ、ギターを奏でるアランフェス協奏曲、オペラはカルメン?でもカルメンはフランスのオペラなんだよね〜

スペイン版オペラといえるのが標題のサルスエラ。17世紀に起源を持つが、その後衰退。しかしスペイン人の民族主義が勃興する中で復活し、今はマドリッドの人達にとって日常の楽しみとなっている。正直上品とはいえないが、情熱をストレートに表したスペイン版浪花節の世界。

そんな日本になじみの無いサルスエラだが、それでも「日本サルスエラ教会」なんて団体もあるようだからビックリ。サルスエラは非常に豪快で、いわゆる「オーソレミオ」をもっと濃くした世界をこれでもかこれでもか、ってくらい押してくるインパクトの強い音楽。聞く人にとっては一本調子この上なし、ってものかもしれないが、その土地の風土を思いやれば非常に味のある音楽だと思う。この粋になりきれない一歩手前の世界がいかにもスペインらしくないだろうか?

このCDを指揮した世界的テノール、三大テノールの一角、プラシド・ドミンゴのご両親はこのサルエスタ歌手だったそうだ。そんな思いが彼にこんなCDを作らせた何よりの原動力だったのかもしれない。

ロランド・ヴィラゾンが奏でる濃〜いスペインの世界、暑い夏に熱い音楽を聞くのも、汗かきながらモツ鍋をかっ食らう心地に似て案外いいかも?

ジターノ〜サルスエラ・アリア集
ロランド・ヴィラゾン(テノール)
TOCE-55917 2,800円



2007年7月24日 (火)

サンクトゥス

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週末はヴェルディ・レクイエムの全パート合同練習。今回は「Sanctus サンクトゥス」を集中に実施。各パートがさらに2つに別れて、全8パートでの合唱。

 聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の主なる神。
 天地はあなたの栄光で満ちている。
                  (イザヤ書6:3)
 至高のところにホサナ。
 主の名によって来られる方に祝福あれ。
                 (詩篇118:26)
 至高のところにホサナ。

感謝の歌だが、自分はバリトンなのでどうも重ったい発声になり勝ち。天上の聖歌隊に声を合わせて歌い上げるというこのサンクトゥスでは比較的軽やかな声が必要。そうでないと歌声が「天上」に届かないわけで。

ということで日曜日は4時間みっちり練習してかなりくたくたになりました。歌うのは結構体力がいるんです。

2007年7月14日 (土)

激情のベートーベン及川浩治

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雨なんで、アチコチ歩き回るのもうっとおしいし、福島のシンフォニーホールへ。自宅から歩いても15分なのが助かる。当日券を買って、ベートーベンのピアノリサイタルに飛び込んだ。

曲目は全てベートーベン。ソナタの3番は初めてだったが、後は『ワルトシュタイン』『月光』『熱情』とお馴染みの曲。やっぱ知らない曲より知っている曲の方が気持ちが入りやすい。特に『ワルトシュタイン』がスケールが大きいので好きだ。

及川は初めて聞いたが、ダイナミックな演奏はステージ映えする。『月光』の第一楽章なんかは繊細な所も見せるが、やはりイキイキするのは怒涛の第三楽章のような情熱がほとばしる演奏だ!

アンコールを含めて6曲、息遣いと気合いも聞こえてくる熱演だった。その後、近くのLargoというカフェで一服。このレアチーズケーキはなかなかでした。

2007年6月10日 (日)

森ノ宮 定期演奏会

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土曜は所属する合唱団の定期演奏会があった。18:00、森ノ宮ピロティホールにて開演。1,000人入る会場が満員sign01に近い入りになった。これにはビックリ。

今回は日本の曲ばかりで、4部構成。1部がラターの宗教曲、2部は「遠野遠音」という民謡調の曲、3部が昭和20年代から現代までの歌謡曲メドレー、4部が滝廉太郎の歌曲集という構成だった。

この団に所属して初めてのステージだったが、こういう独自のステージは初めてで、見ていてスタッフの方々の分刻みの段取りには本当に頭が下がる思いだった。それについていけない自分もあり、ちょっと情ないやら、自分が腹立たしいやら。

日本の曲、滝廉太郎はそうでもないが、概して和音の構成が難しい。今回の民謡調の曲もそうだった。最後まで感覚がつかめなかった。満足に練習に出ることができなかったこともあって、音取りに不安を残したままの演奏。残念ながら不安なところは引いてしまった。

自分的には正直満足いくものではなかった。お客さんはどう感じただろう?自分の演奏を聴くことはできないが、反省するところ大。

この反省は12月のヴェルディ・レクイエムで返したい。前回10年前に出来なかった曲調、言葉のニュアンスまで考えた演奏をしたいと思っている。さぁ、これから6ヶ月が楽しみだ。

2007年5月28日 (月)

フィンランディア

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クラシックで最も好きな曲。やっぱダイ・ハード2のクライマックス、テロ集団によって全停させられた空港、墜落間近の航空機群が、マクラーレンの活躍によって爆破された飛行機の炎を頼りに着陸していくシーンで使われていたのが印象的だった。あれほど音楽が効果的に使われたシーンを僕は知らない。

やっぱこの音楽を聴くと単純に勇気付けられる。これほどソウルフルなクラシックってあんまりない。冒頭の荘厳ながらもだえ苦しむような金管楽器の響きが、後半突如立ち上がるかのように奮い立つように鳴り響く。ベートーベンの第九に共通するかのような勝利への雄たけびと言える盛り上がりは痛快だ。

この曲はフィンランドの歴史を抜きにしては語れない。隣国ロシアのくびきに苦しめられていたフィンランド民族。その思いを音楽に込めたシベリウスだが、その意を察したロシアはこの曲の演奏を禁止した。しかしフィンランド人はこの曲と共に独立への思いを秘めつつ、ついにロシア革命での混乱期に独立を勝ち取る。

この曲はカラヤン版の評価が高い。確かに静寂から高揚へと突き進むドラマティックな展開はカラヤンの得意とするところだろう。でもこの曲は表面的な流麗さよりも、フィンランドの朴訥な自然から湧き上がるエネルギーが欲しい。そしてこのバルビローリ指揮のハレ交響楽団版は荒削りで洗練しているとは言いがたいが、前半の不協和音的な不安感から金管器の怒涛の響きへとつながる迫力は圧倒的。落ち込んだときに気分を奮い立たせるには格好の、クラシック版ソウルミュージックだ。

でも寝室でのナイトBGMには使えないな。興奮して眠れなくなりそうだからshock

2007年4月 4日 (水)

村治佳織 ライア&ソネット

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若く美しきギタリスト、村治佳織が異色のアルバムを出した。弾き語りのギターはあるが、合唱とのコラボレーション。こういうのは今までなかった。でも聞いてみて逆に不思議に思う。「今までなんでなかったんだろう?」

ある意味コロンブスの卵だ。弾き語りでの歌声とギターの調和を思えば、合唱とギターもまた合わないはずがない。でもそれぞれが独自の世界を持つ二つの音楽媒体、なかなかジョイントするには抵抗もあるだろう。しかしそれを乗り越えた調和の美学、それがこのアルバムにはある。

天上の音楽、ちょうどフラ・アンジェリコの絵に描かれたような天使の弦楽と合唱の情景はこんな感じだったのかもしれないと思わせるような甘い世界だ。ギターの音色と、合唱の声がここまで合うものとは思わなかった。特にお得意のスペインの作曲家、ヴィクトリアの「おお、何と栄光に満ちた王国なのか」では、その崇高な世界を余すことなく伝えてくれる。

完結された二つの世界の融合が見事な一つの作品に昇華した、そんな思いを強く抱かせる作品だ。この音楽を聞きながら寝床にはいると、本当に気持ちよく夢心地の世界に入っていけます。お試しを...(それ、あかんやん!?)

2007年1月24日 (水)

ヴェルディ レクイエム

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レクイエム、死者のためのミサ曲。しかしオペラの申し子ヴェルディがやったら、こうなる。

劇的なまでの展開!厳かな「キリエ」から、映画バトル・ロワイヤルでも使われた怒涛の「ディエス・イレ」、静謐な「アニュス・ディ」、神の栄光をたたえる「サンクトゥス」、そして終曲の「リベラ・メ」まで、メリハリのある展開で、ここまで楽しめる曲はない。飽きっぽい自分が、この曲だけは何度聴いても聴き飽きない。匹敵するのはラフマニノフのピアノ協奏曲第2番と、ベートーベンの第九くらい。

聴くだけでなく、この曲は9年前に実演したことがある思い入れのある曲。福島のシンフォニーホールの舞台に立った興奮は忘れることが出来ない。今年偶然にも再度歌う機会を得た。前は覚えたとおり歌うだけで、ほかの事に気遣う余裕はなかった。今度は曲想も込めて、9年間がプラスになるように歌いたいと思っている。年末が楽しみだ。

オペラチックな曲だから、あまり辛気臭くやらないほうがいい。こういう曲はカラヤンはメリハリをつけて非常にうまい演奏を聴かせてくれる。

写真はショルティ・シカゴ響のCD。ショルティは迫力の演奏でバンバン鳴らす。普通は「やりすぎ!」でいやになるが、この盤はそれが劇的な効果を生んでいる。若いパヴァロッティが歌っているのも楽しい。ただ荘厳さ、というものはあまり感じられない。

合唱というとベートーベン第九かもしれないが、僕は嫌い。第4楽章まで待つのがしんきくさい。やはり歌う以上は気持ちよく、楽しく、思いっきりやんないと。その意味でこの曲は合唱者にとっては最高だと思う。

他のレクイエムは...やっぱり歌ってると沈んできます。カラオケ的な表現ですみません。不謹慎かな?

2007年1月 6日 (土)

ラフマニノフピアノ協奏曲第2番

一番好きなクラシック曲。

単純にメロウ。切なさとやすらぎがあふれていて、聞いているといろんなことを思い出してしまう。

だからあまりきれいに弾いてほしくない。
最近出た小沢指揮ツィマーマンは運びは甘いが、ひっかかるものがない。

評価が高いリヒテル版、最初はピアノとオーケストラとの齟齬のようなものが感じられて入り込むのに躊躇したが、これこそがこの曲の魅力だと思った。この不調和が、狂おしいほどの美しさを生み出すのだと感じた。

第二楽章を聞いていると、心地よい眠りに入ってしまいますが...