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カテゴリ「お出かけ・旅」の24件の記事 Feed

2013年10月29日 (火)

ドメーヌ・ダルデュイ ラドワ レ・シャノ2010 AOCラドワ

20131026ブルゴーニュのAOCは難しい。ある村のワインが戦略的に隣の村のワイン名を名乗ったりして、決して地図のとおりの名前でワインを出さないことがある。

ラドワ・セリニィという村もその一つだ。その隣には誰しも名前は聞いたことのあるコルトン、コルトン・シャルルマーニュという特級畑を産むアロース・コルトン村がある。そしてこのラドワ・セリニィ村にもその特級畑があるのだ。だから、ラドワという名前を聞くことも稀と言わざるを得ない。

しかし、だからこそわざわざこの名前のワインを売り出しているところに価値がある。決して時流に流されない、表看板だけに頼らず自分のワインに自信を持っていないとできない、と思えるからだ。ダルデュイ家は2002年にネゴシアン部門を売却し、自社畑の生産に特化した。レ・シャノはモノポールで特級畑のコルトンを生み出す丘のふもと、標高250mのなだらかな南向きの丘に位置する。

色は紫がかった暗めのルビー色。香りはカシス、バラ、黒胡椒、カカオ、墨汁のような太い香りも感じられる。

口に含むと濃密な完熟ベリーの果実味と丸みのある酸味が一体となって感じられる。棘のない柔らかな表面と、稠密な酒質がバランス良くまとまる。複雑さは少ないが、ストレートに迫る果実の程よい甘みが柔らかな酸味と溶け合い、負担感なく染みてくる味わいが心地よい。タンニンも緻密で謙虚。中盤から後半にかけて穏やかに広がるジューシーな旨味も抱擁感があり、ゆったりした心地を演出する。

余韻はきめこまかなタンニンの渋みが土台を為し、滑るようなベリーの甘さとの二層構造が深みを奏でつつ、しっかりした味わいを残しながらなだらかに優しく引いていく。

ラドワというAOC、村名ワインとしての質を超えて、1級ワインとして出てもおかしくない質が感じられた。それでもわざわざ知名度の低い村名で出すところに、生産者の自信と矜持が備わっているというところだろうか。

【伊勢丹大阪店 4,000円?】

2012年5月12日 (土)

ゴールデンウィークは四国ツアー

GWは久々に長い9連休...これだけ休むと予想通りに直後の1週間はしんどいの一言でした。休み慣れしていない貧乏性な体をこれほどまでに感じたことはなかった1週間...

あまり長い旅行はしなかったけど、帰省を含めてあちこち出かけたが、最後の2日間は充実の四国旅行だった。まずは、今まで行きたくて行けなかった丸亀。ここでは猪熊弦一郎美術館で好きなアーティスト、塩田千春の美術展を見た後、名物の骨付鳥を腹にしっかり入れて丸亀城、讃岐うどん、不思議な個人美術館を訪れた後、時間が余ったので近くの善通寺に寄ってからこの日の最終目的地新居浜へ。

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新居浜ではもちろん、アーセナルの観戦会コルニー・ナイト!観戦場所は予想外の屋外。しかし20人近いグーナーが集合して酒をあおりつつ、熱い夜を過ごすことができた。結果はノーウィッチ相手に残念な3-3の引き分けに終わったけど、充実のガナ合宿だった。

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よー解らんうちに寝入って当然のごとく2日酔いの2日目は新居浜から松山に移動して、松山城を巡ったのちに道後温泉に。松山はすごく雰囲気のある街で、やはり平山城を擁する町は丸亀にしろ、本当に城下町らしい風情を持っているな、と思う。

120516gw8120516gw9120506gw11そして最後は岡山に移動して、これなしではいられないワインイベント。満月に合わせてロゼワインを傾けつつ、充実の2日間を締めくくった。今思い出しても楽しい旅行だっな。各地でご協力いただいたみなさん、ありがとうございました!
                                                              

2011年10月 1日 (土)

美味し国、台湾!

111001taiwan1111001taiwan22カ月ぶり、7度目の台湾に行ってきた。日本はすっかり秋の涼しさを感じるようになったけれども、台湾は日差しも厳しく30度を超える暑さだった。

何度も訪れる台湾だけど、仕事なのでそれほど自由時間はない。今回は早いフライトのおかげで少しだけ観光もできた。左は龍山寺で、仏教のお寺。この日は信者が集まり、一心にお経を唱えていた。台湾の人って信心深いんだなぁ。

右は台湾に来た人は必ず訪れる中正紀念堂で、蒋介石の像が衛兵に守られている。正時の衛兵交代は陸海空軍が持ち回りで、この日は空軍の儀仗兵が担当だった。そして堂の前の大広場では軍の儀式の練習が行われていた。

111001taiwan3111001taiwan4111001taiwan5111001taiwan6しかし、台湾の楽しみはなんといっても料理。どこで何を食べても安くて美味しい。店の当たり外れが少ない。この日もホテル近くの海鮮料理屋で、店頭に並ぶ魚を選んで料理してもらう。この日のチョイスはタツノオトシゴ、カワハギ、カニ、エビ。あまり味付けを凝らずに、素材をシンプルに調理しているので、疲れた胃にもすっと入っていく。

タツノオトシゴは少しグロテスクだけど、食べてみるとカラッと揚がっていてくせもなく、いわゆる骨せんべいのような食感だったな。

色の楽しみ満載の台湾。行くたびに太っちゃうから困るんだけどね。

2011年8月24日 (水)

わずか70年前の出来事 アウシュヴィッツ収容所

110821poland1この美しい青空のもとに伸びる線路。この線路が向かう先は終点、ここから何処へも行かず、何処に戻ることもできなかった。一握りの人々を除いて。

ポーランド、クラクフの郊外、アウシュヴィッツ収容所を訪れたその日は熱ささえ覚えるほどに晴れ渡っていた。広々と遮るものがないほどに広がるポーランドの大地、そこに同じような日に辿りついたユダヤ人も多くいた事だろう。この終着駅は、彼らにとってまさしく人生の終着駅でもあったのだ。

110821poland2110821poland3110821poland4ユダヤ人虐殺の跡を訪れたのは、ワシントンのユダヤ人博物館を訪れて以来だった。その時は興味半分だったが、犠牲者の残した靴から発せられるすえた臭い、かつて人が履いていたそれを五感で感じさせられた時、正直この地を訪れた事を後悔せずにはいられなかった。そして、今再びその悲劇の中心でもあったアウシュビッツを訪れた。

間違いなくこの記憶は留めなければならない。この悲劇を演出したのは、決して一握りの人物ではない。僅か60年前に、普通の人たちがそれぞれの立場の中で、それぞれの立場を守るがために、社会的に弱い地位に置かれた人々を葬り去っていった歴史の事実。同じ時代に生まれていれば、自分もまた加害者であったかもしれない事実を。

しかし、このようなことは二度と起こしてはいけない、そう頭で理解しつつも、いざ当事者となれば再び繰り返している歴史の証明が重くのしかかる。自分もまた、その時にどう対処するのだろうか、自問自答せずにはいられない旅だった。

2011年6月20日 (月)

初タイ! バンコクからアユタヤへ。

110620bangkok先週は初めてタイに行ってきた。2日でバンコクとアユタヤを訪れる慌ただしい行程だったけど、初めての国を訪れるということで、とても楽しい時間を過ごすことができた。(勿論仕事だけど)

もっと蒸し暑いと思っていたが、先週は比較的涼しく過ごしやすかった。そしてバンコクも思いのほか大都会で、日本人、日本語の看板の多さには驚いた。今ではバンコクだけで日本人が4万人住んでいるそうだが、観光客を含めると相当の人数、10万近い日本人がいると言われてもあながち不思議じゃない。

地下鉄も整備され、思ったほどの渋滞にも遭わずに快適に過ごせたタイ。その時のこともボチボチアップしたいと思います。

2011年6月 9日 (木)

人智が到達した至高の美 タージ・マハル廟

休日を利用して、タージ・マハル廟に行ってきた。教科書などで目にすることはあっても、さすがにここに現実で行くとは思っていなかっただけに、感動の瞬間だった。

110608agra1110608agra2110608agra3110608agra4                    

                  

                   

                                                              インドはどこでも入口のセキュリティは厳しい。ここでも荷物検査、身体検査を経て、赤い石による武骨な感じの門を通ると、同じ素材でも造形は優美さを漂わせる楼門が現れる。

ムガル第5代皇帝シャー・ジャハーンが最愛の妃に捧げた廟所は完成までに22年を要した。その22年を記念するために、この建物の飾りや階段などに22という数字が表される。

110608agra5110608agra6110608agra7110608agra8                  

                 

                  

                                                             楼門を通ると現れたのは、バックに何も擁さない、ただそこにあるのは人が作り上げたシンメトリックが産み出した究極の日だった。一切の揺るぎを感じさせない、作り上げられた美の世界は建築物というよりも、職人が作り上げた工芸品のようだ。だから何故なのか、この建築物が綺麗、とは思えても不思議と心に迫ってくるものに欠ける気がした。期待したほどの感動が感じられなかった。それはインド的な世界とは、民族的にも文化的にもかけ離れた世界であるが故なのかもしれない。

皇帝シャー・ジャハンは対岸に同じような構成の自らの廟所も建設する予定だったという。しかし息子に裏切られ、それは叶わぬ夢と消えた。対岸に残る基礎、その悲劇も飲みこんで、デリーへと続くヤムナー川のたもとに人智が作り上げた最高の美は今日もその地にあるのだろう。

2010年12月26日 (日)

初インド、腹こわさないかハラハラ旅

101218india2101218india3101218india4インドのデリーに行ってきた。インドに行くと絶対に腹壊す、という恐怖に慄きつつ、初めて悠久の大地に降り立った。

やはり今まで行った場所とは違う雰囲気。街ゆく人の顔もアジアで見慣れた顔とは違うエキゾチック、誰もが哲学的憂いを秘めたような顔つき。これが人力車を運転するおっちゃんもそう見えるんだから、不思議なもの。

旅先では可能な限りその土地のものを食べるという主義なので、カレー、カレーと思ってたんだけど、予想外にインドのカレーって辛くないんだな。今回行ったのはデリー周辺なので、もっとインド色の濃い地域、南とか行けばまた違うのかもしれない。

101218india5101218india1101218india6インドならでは、と思ったのはマクドナルド。ヒンズー教で牛は神聖な動物ということなので、牛肉はタブー。マクドナルドも看板には「100% BEEF FREE」とある。そしてこのベジタリアン・バーガーの中に挟まっているのは、いわゆるカレーコロッケ。さすが、ここでもカレーが登場するのがインドらしい。

夕日をバックにしたインド門、そしてバカでかいニューデリーのインディラ・ガンジー空港。なかなか面白い経験をさせてもらったインド。お腹も壊さず、とりあえず無事に帰ってこれたのがなによりでした。

2010年1月 6日 (水)

寒い寒いソウルの夜

100105seoul4日は歴史的な寒波で市内のキンポ空港が1日中閉鎖になるほどだったソウル市。明けて5日は天気もよかったようで、心配しつつも無事ソウルに到着。インチョン空港経由だったけど、途中の川はうっすらと表面に氷が張っていた。

来る前の天気予報では最高気温-10度、最低気温-18度だったが、飛行機から降りた16時頃はそれほど寒さも厳しくは感じなかった。でも、夜に食事して店を出る頃にはまさに極寒!気管支が詰まって息をするのが苦しいような感じだった。こんな寒さは生まれて初めての体験だ。旭川ってこんなんだろうか?

100105seoul2_2 寒波のピークも一応この日までで、これからは若干ましになるそうだけど、やっぱ寒いわ、ソウルの夜。風邪引きの身には正直こたえます...

2009年12月 1日 (火)

人種のるつぼ? シンガポール

091130シンガポールはすでにクリスマス気分。

目抜き通りのオーチャード通りはイルミネーションに飾られていた。この装飾はすべて日立によるもの。日本でもしないのに、海外でこれだけやるとは少々意外だった。

今は雨季だそうだが、幸い天候には恵まれ雨には当たらなかった。なんせシンガポールにしろ、東南アジアのスコールはハンパじゃないから、傘なんかあったって役に立たない。おかげで気温は30度を超す日々が続いたが、湿度は低いので過ごしやすかった。

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シンガポールにはいろんなコミュニティの街がある。今回は少し時間があったので駆け足でチャイナタウン、リトルインディア、アラブシティと三つの街を廻ったが、やはり民族色が濃いのはリトルインディア。周りはインド人だらけで、鼻の粘膜を侵されるかのような強烈な香辛料の香り。それが店ごとに異なる香りを放つので、次第に頭がクラクラしてくる。建物もやはりインパクトがあり、多くの神々に彩られた寺院は信者の祈りに満ちていた。それに比べるとチャイナタウンやアラブシティはおとなしい。特にアラブシティはマレー人が多く、ムスリムの街といったほうが的確だ。

091130_5091130_6091130_7食事はリトルインディアでの北インド料理の定食で、これで6ドルは結構お得。夜はローカルフードの定番らしい?チキンライス。そして空港では名残のカクテル、シンガポール・スリングを。かなり甘めのフルーツカクテルで、これをゴクゴク飲むと危険かも?

2009年11月30日 (月)

今からハノイ

今からハノイ
インチョン経由で行ってきます〜。到着は22時、トランジット約4時間。とほほ。。。

2009年4月30日 (木)

ベトナムはやはりフォーだな

090430 朝から雨模様のハノイ。晴れた日はスクーターや車の排気ガスで煙たいハノイだが、雨の日はそうした息苦しさも少し緩和される。そして、この街の少しうらびれた空気も濃くなり何とも形容しがたい雰囲気が漂う。太陽に無防備に晒されたホーチミンとは違う深さがこの町にはあると思う。

限られた時間ではそうしたハノイの雰囲気を十分感じることはできない。そんな残念な思いも残しつつ、せめて朝食はとベトナム名物のフォーを作ってもらう。

米で作ったツルツルした麺はのど越しよく、これを食べるとベトナムに来たという気になる。それとベトナムでおいしいのはソーセージ、そしてバケット。特にバケットは皮はカリッとしているんだけど柔らかく、それでいて中はふわっとしていて、これを本当は屋台なんかでサンドイッチにしてもらうと格別だ。

フォーを食べて朝からベトナム気分が沸いてきた。ただこのホテル、なぜかフォーに必要なパクチー(コリアンダー)が全く置いてなかった。パクチー好きの自分にとってはこれだけは残念至極。。。

2009年4月28日 (火)

ハノイの朝は早い

090428hanoi 朝の6時半、ハノイの道はすでに音が充満している。様々なクラクションが飛び交い、ホテルの部屋にも「早く起きろ、もう時間だ」と急き立てているかのように入ってくる。これがハノイ、ベトナムのいつもの朝の情景だ。

最初来た時はこの音がうっとうしく感じたが、今は少し心地よくも感じる。たぶん気候がまだいいので、気持ちがよいのもあるだろう。この日は曇りで気温も少し低め、半袖で少し肌寒い感じがする。今日はおそらくこんな一日だろう。

朝はホテルのビュッフェで鶏肉のフォーを作ってもらう。このフォーを食べるとベトナムに来たという実感が沸くのだ。2日間の日程が滞りなく進みますように。。。

2009年4月14日 (火)

京都、枝垂れ桜を訪ねて

日曜日は最後の桜を見に京都へ。既に多くの桜はかなり散っていたが、枝垂れ桜はいまが満開となっていた。鴨川沿いからひとすじ入った寺町通りの小さな寺の枝垂れ桜たち。

まずは本満寺。日蓮宗のお寺の境内の枝垂れ桜。柔らかな綿のような花。

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光明寺の桜。門より高く張り出す姿がカッコいい。

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天寧寺境内の桜。

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上御霊神社境内の桜。怨霊を神と祭るこの神社にも、慰めるべくか桜は咲くものだ。

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いずれの場所も殆ど人がいなかった。咲き誇る桜を独り占めする贅沢な京都の一時。

2009年3月31日 (火)

赤坂 山王日枝神社の桜

090331_2 夕方食事前に赤坂、国会議事堂近くの山王日枝(さんのうひえ)神社をぶらりと散策。江戸三大祭りの一つ、山王祭が行われることでも有名。

鳥居をくぐると少々長い階段があるが、その脇にはエスカレーターがある。う~ん、便利というか。でもつい、こちらの方を利用してしまった。

17時を回っていたので既に社屋本殿に通じる門はしまっていたので、中をうかがう程度になってしまったが、朱塗りの神殿はきらびやかできれいだ。空襲で焼けてしまったため、戦後の再建ということだ。納得。

090331_3090331_4 桜の方は、まだ咲きはじめというところだろうか?境内は人もまばら。この日も肌寒く、花が開くのをおしとどめようとするかのような天気。しかし今週末はおそらく多くの花見客でにぎわうんじゃないだろうか。満開の花に彩られた朱塗りの神殿もまた華やかで美しいことだろう。

2009年3月 7日 (土)

シンガポールで食べたもの その一例

090220_5 いろいろ食べたんだけど、さすがに人もいるし写真もパシャパシャ撮れば変に思われるので、その一例をご紹介。

ホテル近くの目抜き通り、オーチャード通り付近の中華料理屋で。結構お手頃価格(といっても、シンガポールはそんなに安いわけではないが)で食べれるだけに、家族連れで結構混雑していた。これはこの日の日替わりスープで、豚肉と胡桃をあっさりと煮たスープ。その中にはなぜかパクチーが入っていて、少しベトナム流。自分はパクチー大好きなので、全く問題なし。人によってはダメダメだそうだけど。

090220_6 左は定番、鳥料理、右はエビの香り揚げ。結構ピリカラにできていて、向こうのかなり薄味のビールがすすむ料理。

090220_7 こちらはアヒルを甘辛く炒めた料理。アヒルって肉質がわりと硬め。量も味もかなりボリュームがあったので、すでにここにくるまでに食べていた身にとってはキツーい一品に。あまり頼み過ぎてはいかんな。

090220_8 これは別の日に昼食に食べたシーフードのブン。フォーじゃなくてブンです。フォーとブンは違うんだそうで、メニューも区別して書いてある。フォーとブンは違うんだそうで、少し細身の麺。どちらも米から作るには違いないんだけど、厳密には違うんだそうだ。どこが違うかは詳しくは知らない。この店ではなぜかフォーは肉関係、ブンはシーフードといった区別がされていた。

別に中華、ベトナムだけじゃないシンガポール。なんでもあるだけに、次回は何を試してみようか。でも一度は地元のシンガポールらしい料理を食べてみたいんだが、果たしてそんな料理はあるのか否か?

2009年3月 5日 (木)

世界三大ガッカリポイント!

090305そーでもないと思うんだけど。。。なかなか絵になってるんじゃないかと思うんですがねぇ。

あと2つは小便人形と人魚姫だそうで。

2009年2月23日 (月)

そうでもなかった シンガポール

090222 日曜日の16時半、シンガポールのチャンギ空港に到着。シンガポールは2度目だが、前回は夜に到着、深夜出国だったので空港周辺の状況がよくわからなかったが、周辺も整備されていてとてもきれいな空港。

当日は曇りがちの天気で雨も降ったようだが、思ったほど気温は高くない。ただやはり蒸し暑さは少し感じる。ジャケットを羽織っていると、じわりと汗をかいてくる程度だが。

ホテルにチェックインした後、目抜き通りのオーチャドロードを散策。「果実園(オーチャード)」の名にふさわしく、この並木の生育のよさは半端ではない。太い幹の木々が道路上部いっぱいに葉を茂らせていて気持ちがいい。見た目の良さも考え抜かれた、さすが計画都市。この日は休日でもあり、多くの人で溢れていた。

このあと食事も取ったのだが、何を食べたかはまた別途。

2009年2月15日 (日)

ハノイで食べたもの

090215 今回のハノイはほとんど自由時間もなく、仕事場とホテルの往復だけだった。そんな中での唯一の楽しみは、やはり食事。

ハノイには日本料理の店も多いが、今回は一緒に仕事をしたのが韓国人のエンジニアだったこともあって、韓国料理店に招待された。韓国風の焼肉だったが、さほど辛くないので日本人の口に合う。これに合わせるお酒は最初はタイガービール、そしてその後は韓国焼酎。アルコール度は18%と日本の焼酎よりは低いものの、これをオチョコで乾杯をしながら飲む。基本は一気に平らげるようだけど、さすがに飲みやすい酒でグビグビいけば後が恐ろしいので、控え目にしていたが、宴たけなわになると乾杯の回数も増えてくるので、勢い酒量も増えていくことに。。。

090215_2次の日はハノイ郊外の街に移動。車に揺られて約4時間で着いた街で食べたのは、この魚の香味蒸し。醤油味は日本の味付けにも似ていて、食べやすい。ただし向こうの魚、やはり独特の香りがあるので、口に入れると少し抵抗感もある。

アジアに行くと、宴席ではこのような大きな魚を蒸した料理が必ず出てくる。中国でも何回かお目にかかったが、正直この料理だけはあまり口に合わなかった。

090215_3 これは最終日にやはりハノイ近郊の街にある、大衆食堂のような店で食べた一品。向こうはウナギを甘く似た料理で、黄色くカレーのように見えるが、たしかに香辛料は効いているものの辛味は強くない。この中には一緒にバナナが入っていたが、青いバナナを煮てあるそうで、食感も味もほとんどポテトそのもの。味が染みてとてもおいしかった。

手前の肉団子も、肉は粗挽きで噛みごたえがあり、噛むたびに肉汁がジュッと出てくる。オーダーしてくれたのは地元のベトナム人運転手さんなので、さすがに今までで一番おいしいと思えるベトナム料理だった。

090215_4 最後はおこげにスープをかけて食べる料理。スープには豚肉、トマト、パイナップルといったフルーツが入っていて、少し酸味がきいていたが、これを土鍋で炊き上げたおこげにかけて食べると、スープ単品で食べたときよりもおいしく感じた。

やはりベトナムの楽しみはなんといっても「食」。でも、今回はフォーを食べる機会がなかったな。また次回の楽しみということにしておこう。

2009年2月12日 (木)

ニッコー・ハノイでVIPと遭遇!

0902101 ハノイの日本人の定宿といってもいいのは、このニッコー・ハノイ。中には日本料理の「弁慶」というレストランも入っているし、日本人の職員もいるので、過ごしやすい。一泊約12,000円、ベトナムだからかもしれないが部屋も広く、使いやすいホテル。ただ、ハノイらしい旧市街からは少し離れているのが難点と言えば難点。

ただし湖の周辺に位置し、比較的静かな場所(ハノイの中ではという意味)でもあるので、ゆったりと過ごすことができる。

0902102 それでも、朝早くから徐々にバイクの数が増えてくる。それにしても道路を横断する電線の低いこと。大型のトラックなんか絶対に入れないんじゃないだろうか?

ハノイの交通手段としては何といってもこのスクーター。地下鉄もなく、小回りの利く移動手段はこれしかないようで、この近辺に働いている職員の方に聞くと、大抵はスクーターで通勤していると答える。これはまだ6時半なのでそれほどでもないが、8時ともなると通勤用のスクーターで道があふれて、この日もハノイから郊外に出る道で渋滞に遭遇して、脱出するまでに30分ほどかかった。

0902103_2 そんなニッコー・ハノイだが、日本人の定宿としてはやはり確固たる地位を示しているようだ。この日は到着の時に日本とベトナムの国旗だけしかなかったので何故かな?と思っていたのだが、実はこの日ベトナムを訪問された皇太子殿下が宿泊するためだという。

そして夕食に出る19時ころ、玄関は通行禁止になり宿泊客は脇の方から出るように求められた。しばらくすると、大きな黒のリムジンが到着し、テレビでは見慣れた皇太子殿下が入って来られた。日本でも見たことないのに、外国で遭遇する不思議。この間のハルビンの聖火リレーもそうだけど、国外の方が面白いことに出会えるとはどういうことなんだろう?

2009年2月10日 (火)

半年ぶりのハノイ

090210 昨日の深夜、久々にベトナムの首都、ハノイに到着。現地は気温25度と比較的すごし易い。雨も少なく、ベトナムとしてはベストシーズン。

まだ人通りは少ないが、これから道路はおそらくバイクで仕事に向かう人たちで溢れ返る事だろう。けたたましいクラクションで圧倒されるベトナムの朝がやってくる。

今回もあまり時間はないので、ほとんど仕事場とホテルの往復になりそうだ。でもなにか旨い物くらいは食べたい。ここの料理がアジアで一番自分の口に合うようだから。

2008年11月25日 (火)

静寂の紅葉を楽しむ 智積院

08112_2 京都の紅葉と言えば、東福寺が横綱級なんだけど、人混みが嫌いな自分は、着くまでに酔ってしまうので、とてもとても。

だから、あえて静寂の中で堪能できそうな場所を選んでいくことにしている。今日は東山七条の古刹、智積院へ。ここには長谷川等伯の「楓図」、そしてその息子で若くして亡くなった久蔵の「桜図」の国宝襖絵が残っている。年月を経て金地も当時の輝きを失っているが、だからこそ枯れた雰囲気がなんともいえない情緒、雰囲気を醸し出して、何度見ても飽きない。建物は比較的新しく、訪れる人も多いとはいえないが、だからこそ落ち着いて楽しめる、珠玉のスポットだ。襖絵を観賞して、庭園へと向かう門の傍にも赤く染まった葉が緑青をバックにとても美しかった。

081124庭園も静寂の中で池越しに色づく紅葉が美しい。この日は雨の中、庭の苔、緑が色濃く、黄色、紅に色づいた木々を引き立てていた。そんな色彩の競演にしばしたたずみ、贅沢なひと時を楽しむ。 

庭園を出て、本堂たる金堂に上って振り向くと、境内を歩く舞妓さん(?)の姿。きらびやかな着物姿が雨と紅葉によって艶やかさをさらに加えて、京都の情緒を感じずにはいられなかった。

081124_2絵になる情景とはまさにこのことか。しばしその後ろ姿を追う。尋ねる人少なき寺にこそ、真の京都の心がある、そんな心持にさせられた智積院での贅沢な一時。

2008年9月 3日 (水)

意外にうまいじゃん、ハルビン(中国その3)

080903 あまり評価が高いとはいえないようだけど、ハルビンの食事は結構日本人には合うかもしれない。味付けが程よく、辛くもなく、さしとて濃くもなく、ちょうどいいあんばいなのだ。でもさすがに寒いだけにアルコールは強い。米から作った白酒(パイチュウ)は強いものになるとアルコール度50%を越える。それでいて香りが甘く強烈。香り+アルコールのボリューム×中国人の乾杯好きで、怒涛の攻撃。もったのは2日程度で、その後は「お酒、何にします?」と聞かれれば即座に「ピーチユゥ!(ビール)」と答えて逃げ廻った。ハルビンのビールは伝統があるそうだが、アルコール度3.5%とかなり軽め。味も日本のビールよりも格段に薄め。脂っこい料理にはこれくらいでないといかんのか?

でもハルビンの料理は意に反してそれほど脂っこい感じはない。むしろ割合あっさりめで、日本人の好む中華のイメージに合っている。それでいて野菜も豊富。泊ったホテルの朝食では色とりどりの豊富な野菜、しかも日本のそれに比べて味が濃い。

080903_2 ハルビンの中華料理を食して感じたこと。まず一つ、骨付きが当たり前。鶏肉でも骨ごと砕いて供しているから、気をつけないと痛い目にあう。でも肉は骨の周りが一番旨いんだから、さすが食の国ということだろうか?でもやっぱりそういう習慣がないから結構面倒で、何度か口から血を出す流血の事態を演出する羽目に。

そして名物トウモロコシ。この肉まんのようなものもトウモロコシで作った蒸しパン。ほのかな甘みもあって、日本にはない粒々の触感が楽しい。餃子の皮でもトウモロコシのものがあった。他の地域にはなかったので、これが東北の味といえるだろうか?でも日本人だから楽しめるのであって、地元の人に聞くと以前はこんなものしか食べれなかった、とかなりネガティブな反応もあった。

080903_3 翌日ホテルの前の大通りでは同じ服装の中国人が列を成している。これは聖火ランナーが通るのを待っているのだとか。自分もカメラを構えて、聖火の到着を待つ。時間の経過と共に道を警備する警察官の数も増えてきた。緊張感も高まるが、それと共に沿道の観衆の興奮も増してきた。そしてやがて一台、一台と先導らしき車が通り始める。まもなく到来か、と雰囲気を察知したホテルの宿泊客も一斉にホテル前に陣取る。初めての聖火ランナーを中国で見ることができるのか?ラッキー!

080903_4 やがて賑やかなパフォーマンスを演じる車が通り始め、興奮はいやがうえにも高まる。カメラを構える手も緊張するが、一向にその気配はない。そして時間差で小さなライトバン、そこに載るなにやら筒を手にした男性が通り過ぎていった。あれはなんなのか、と思いつつ本番の聖火ランナーを待っている。沿道の観客も同じ思いだったが、通るのは警察の車ばかり。やがてそんな車も通らなくなった。そして冷静に戻って気づく。あのライトバンが聖火ランナー!

その後テレビでは聖火ランナーのリレーが中継で放送されていた。場所は橋の上で沿道の観客の声援もなく、ランナーは50mあまりを交代で走り継いでいく。あまりにも無機質な聖火リレー。あとで聞くと、警備のリスクが高い都市部は車で流して、警備のききやすい橋(両端を押さえればセキュリティが確保できる)の上のみでリレーを行ったのだそうだ。

なんとも中国らしい措置。しかし国内でも見たことのない聖火ランナーを中国で見ることができたのは、正直な所印象深いものであったのは事実だ。

2008年8月21日 (木)

エキゾチック・ハルビン(中国その2)

080821_2 最初ハルビンは田舎の町、という先入観があった。しかし空港から街をつなぐ高速道路も整備されていて、廻りにある看板も近代的でそうした先入観はすぐに吹き飛んだ。さすがに道路の両側に広がる広大なトウモロコシ畑は、北京や上海などの大都会では考えられないだろうが。

街に入るとどこかヨーロッパ的な建物が多く、中国ではないような印象を受ける。かつてロシアとの交易の拠点として発展した歴史を持つだけに、そうした雰囲気を受け継いでいるのだろう。ここはハルビン一の繁華街、中央大街。平日だというのに多くの人で賑わっていた。多くの店が並んでいるが、特色があるのはロシア物産を扱う店が多いこと。しかもその店、中に入ると若い店員がすぐに声をかけてきてゆっくり物を見る時間を与えない。これにはさすがに閉口、そそくさと店を出る。でも中には虎や鹿のオ○ンチンを乾燥させた漢方薬があったりして面白かった。1本3万円ほどだったが、買ったら持って帰れたのだろうか?

080821_3 ハルビンの街中でもここは多くの百貨店が並ぶ一帯。これだけ大きな街なのにほとんど歩道橋というものがない。この写真は唯一見つけた歩道橋で撮った。

歩道橋はないが、横断歩道はそこかしこにある。しかし信号なんか守らない人が多いこと。赤信号なのに平気で渡って、車が行き交う道の真ん中まで進んで行く。これにはとてもついていけない。横断歩道でも左右の確認なんかしないが如く、あたりかまわず進んでいく。後から地域の人に聞くと、「車は前に全神経を集中しているんだから、私が進めば向こうが止まるよ。」。。。なるほどそれも理屈には違いないが。しかし慣れは恐ろしいもので、自分もやがてそんな考えに染まって強引に渡るようになった。(そうしないと渡れないのだから。)

080821_4 この繁華街の近くにあるハルビンのシンボル、聖ソフィア寺院。ロシア風のタマネギ型屋根で、外観は濃い茶色なのだが黒く見える異様ないでたちだ。ハルビンには他にもユダヤ教のシナゴーグや、カトリックの教会といった建物があるが、聖ソフィア以外はどれも小さく、面白みに欠ける。

入館料は結構高い。中に入るとあまり広くない堂内に大きなシャンデリアが下がっていた。壁画は剥落が激しく、あまり保存がいいとはいえない。そして堂内を大きく占めるのは不釣合いな土産物屋。絵葉書をしきりに売る店員さんだが、価格は40元と中国にしてはかなり高い。入らないほうがよかったかな、と少し後悔。観光スポットの中にはこうした遠くから見ておくだけのほうが感動的、ってところがあるんだけどやはり来た以上は、って思って入ってしまうのは仕方ないか。

080821_5 夜は河口に多くの人が集まる。太極拳や、変わった球技をする団体、音楽を奏でる人たちも出て賑わっていた。そしてそこで目に付いた夜空に舞い上がる不思議な物体の数々。

それは願い事を書いた紙風船だった。紙風船の中に火を焚いて、夜空に放つと思いのほか高く舞い上がっていく。明るい光を放ちながら飛んでいく紙風船、自分達も思い思いの願い事を書いて夜空へと送った。そして自分の風船が他よりも高く飛んでいったことにご満悦となって、この後はビアガーデンへと繰り出したのだった。

2008年7月22日 (火)

俺はテロリスト?(中国その1)

080722_2 初めての中国に向けて、まずは韓国ソウルの新しい空港、仁川(インチョン空港)に向かう。関空からはわずか1時間、こんなに近い外国だったとは。

大韓航空とアシアナ航空の拠点であるこの空港に比べると関空はスケールが小さい。国際線は茶区のゲートの端から端まで歩いたら往復で30分以上かかった。

標識には日本語もあり、さすがアジアのハブ空港を目指しただけの事はあると思う。ここからアシアナ航空でハルビンへ。 ハルビン行きの飛行機は乗車率約30%でガラガラ状態。燃料高騰の中で、こんな事してて大丈夫なのか、といらない心配をしてしまう。機内食ではなぜかソバがついていた。

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ハルビン(哈尔滨)空港には約2時間で到着。暗い雰囲気で、どうも不安感が漂う。そして入国審査だが、他の客は比較的早く通してくれたのに、係官が自分のパスポートを見て考え込んでいる。開いているのはこの間行ったサウジの査証。いやな予感がしたら、案の定係官を呼んで、そのまま別室に連行される。

ここで「何しに来た?」「サウジから直接来たのか?」「サウジでは何をしていた?」「荷物を全て広げて見せろ」と質問の数々。どうやら五輪で警戒強化していた事もあり、アラブ関連で疑われたようだ。ただし係官も特に厳しい口調ではなかったし、こちらにもやましいところもないので、全部さらけ出して正直に答えて、手荷物もひっくり返してお好きな様に見てもらう。約15分くらいで「人畜無害」とわかったか、開放してくれた。心配はしていなかったけど、やっぱ怖かったな。

空港から市街地へは高速道路を車で約40分。空港の周りはトウモロコシ畑の濃い緑が広がって、所々に牛を飼う農家の家も点在している。広い台地、やはりここは中国なんだと実感していたが、次第に大きな建物、看板も多くなってきた。ハルビンは近いぞ。

080722_4 ハルビン市は黒龍江省の省都で、人口は市街地で約480万、市域全体では1千万近い、実は大都市。日本では新潟市と姉妹都市を締結し、定期便も就航しているとか。

どことなく街はロシア的な色調を帯びている。もともとこの街が大きく発展したのもロシアが敷設した鉄道の分岐点が置かれたのが始まり。市街地には大きなビルが立ち並び、表面上は日本の街とも遜色がない。こうして1週間の中国滞在がはじまった。