自分にとっての難解さ プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影
自分の中で整理できない画家というものもいる。このゴヤもその一人だ。ナポレオンに蹂躙され、没落の真っただ中にあったスペイン王国に一人文化史上輝きを与えられた、フランシスコ・デ・ゴヤ。
時間を封じ込めるかのように非常に早いタッチで描かれた作品、写実的に入念に描かれた作品、そして後年聴覚を失う悲劇に見舞われた中で描かれた、一連の黒い版画、彼の作品表現は多岐にわたる。
今回は彼の代表作ともいえるマハ2作のうち、「着衣のマハ」がやってくるとあって、プラド美術館を訪れたことのない自分はぜひ見たいと国立西洋美術館で開催されている美術展を訪れた。そして見た。しかし、やはり消化しきれない何かが残るのだ。「この絵は本当に素晴らしいのだろうか?」
動きのあるタッチは画面に躍動感を与えている。そしてこちらを挑発するかのような表情、足を前に出してにじり寄ってくるような姿勢からは、マハが今にも画面から動き出しそうな錯覚を感じる。しかし、正直そこまでなのだ。自分にはこの絵を美しいと感じることができなかった。
ゴヤの絵すべてにそう感じるわけではないのだが、他の画家に比べるとそれほど魅力を感じることができていない。肖像画のいくつかは素晴らしいものがあったが、あるものはあまりに平面的に人物を捉え、滑稽にしか思えないものもある。技巧的に書き分けているのか、それとも彼の描く対象に対する親近感がこの差を形作っているのか。いずれにしても、これほどの受け止め方の激しい落差は他の画家には感じられない。
今回の美術展でも自分の中の疑問は解明されなかった。まだまだゴヤの作品とはじっくりと向き合い、考える時間が必要なようだ。
プラド美術館所蔵 ゴヤ~光と影~
国立西洋美術館
2011年10月22日~2012年1月29日



















今年最後の泡は自分も初体験のロワール、ミュスカデで作られたスパークリング。酸味を和らげるためと思えば、ミュスカデの泡もあっておかしくはないんだろうけど、それほど重厚とはいえない味わいのミュスカデで作ると、ボディが弱くなって刺々しさが出てきてしまうように思うのだが、どうだろうか。








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